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愛知県埋蔵文化財センター  - 公益財団法人愛知県教育・スポーツ振興財団

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my weblog : 200907

7/31/2009

吉竹遺跡 調査速報

Filed under: - palace @ 8:57 am

○調査課の本田です。
 昨年度に引き続き、新城市牛倉に所在する吉竹遺跡を6〜7月にかけて発掘調査しました。

 吉竹遺跡は茶臼山の東のふもとにあり、すぐそばを大宮川が流れます。
 調査区の西側半分は谷地形となっており、大宮川のかつての流路が確認されました。また東側で竪穴住居跡の一部が見つかっています。遺物として高杯、壺、台付甕、鉄斧などが流路や竪穴住居跡に堆積した土から見つかっています。また、縄文土器や磨製石斧など縄文時代の遺物も発見されました。昨年度の調査区でも竪穴住居が見つかっており、川沿いの狭い微高地に、弥生時代後期から古墳時代の前期にかけて小集落があったと考えられます。周辺には石座神社遺跡、モリ下遺跡など弥生時代後期から古墳時代前期を中心とした集落遺跡がいくつかあり、それらの関連性の検討が今後の課題といえます。

調査区遠景
▲写真1 調査区遠景

調査区全景
▲写真2 調査区全景

作業風景
▲写真3 作業風景

出土遺物
▲写真4 出土遺物


7/23/2009

モリ下遺跡 調査速報

Filed under: - palace @ 10:51 am

○調査課の亀甲です。

 新城市八束穂に所在するモリ下遺跡では、今年度6月から10月の予定で発掘調査を実施しています。調査面積は3,500平方メートルです。

雁峰山からは、豊川に向かって南北に尾根筋がいくつかのびています。それぞれの尾根筋には、南貝津遺跡や石座神社遺跡、吉竹遺跡など多くの遺跡があります。モリ下遺跡も、東方にある尾根筋の緩斜面に広がっています。

この付近は、天正3(1575)年の長篠設楽原合戦が有名ですが、それ以前に、またはそれ以降に、この地に暮らしていた人たちの生活の様子を知る手掛かりとなる調査になると思います。前年度の調査では、縄文時代・古墳時代・鎌倉〜戦国時代の遺構が検出されました。本年度調査の経過については、随時お知らせしていきたいと思います。

作業風景1
▲写真1 作業風景

作業風景2
▲写真2 作業風景


7/21/2009

愛知県県陶磁資料館 特集陳列’08

Filed under: - palace @ 4:29 pm

○調査課の堀木です。

 平成16年度より行っている、愛知県陶磁資料館内の「まいぶん愛知特集陳列」について、先日展示替えを行いました。昨年度末に刊行された報告書に紹介された遺物を、遺跡ごとに展示しました。
 展示遺跡は次の9遺跡です。下懸遺跡(安城市)、惣作遺跡(同)、万徳峠窯跡(瀬戸市)、川合D窯跡(同)、大坪西遺跡(同)、西松山峠窯跡(同)、朝日遺跡(清須市ほか)、下津新町遺跡(稲沢市)、今町遺跡(豊田市) 
 美しい模様をつけた古墳時代の壺や墨書のあるお皿、使い込まれたすり鉢など。。。。
 ぜひ一度お出かけください。
 
陶磁資陳列
▲特集陳列の様子


7/14/2009

長野北浦遺跡 整理速報  室町時代の笠発見!

Filed under: - palace @ 1:46 pm

●調査課の蔭山です。
 昨年度、発掘調査を実施した稲沢市長野北浦(ながのきたうら)遺跡から出土した、樹皮製笠を紹介します。
 長野北浦遺跡は中世の古刹万徳寺の北100m に位置する遺跡で、JR 東海道線稲沢駅の北西約500m に位置する
古墳前期から近世にかけての遺跡です。都市計画道路稲沢西春線の建設に伴う事前調査として発掘調査を行いまし
た。その結果、中世の万徳寺の北側を区画する大溝や井戸など集落に関連する多数の遺構がみつかりました。
 なかでも注目されるのが、今回紹介する樹皮製笠です。出土地点は万徳寺の北東を区画する溝の西に位置する井
戸からで(図1 参照)、美濃で焼かれた均質手の灰釉系陶器などが伴うことから、15 世紀前半の室町時代のもの
と考えられます。

遺構図
▲第1図 遺構図

より詳細な説明は こちら へ。


7/7/2009

御山寺遺跡 調査速報

Filed under: - palace @ 11:59 am

◎調査課の蔭山です。
 岩倉市鈴井町にある御山寺遺跡の発掘調査を5月18日から6月15日にかけて実施しましたので、その成果を紹介致します。
 御山寺遺跡は弥生時代から古墳時代の遺跡として知られていた遺跡で、平成16年度より愛知県埋蔵文化財センターにより発掘調査を実施してきた遺跡です。本年度の調査区は御山寺遺跡の西端に位置する地点で、北に隣接する平成19年度に調査した07D区と07E区において縄文時代晩期前半の集落、古墳時代前期の竪穴住居群からなる集落や溝、古代から中世にかけての自然河道などがみつかっております。

 今回の調査においても、縄文時代晩期前半の竪穴状遺構4基・土坑多数と古墳時代前期の竪穴住居5棟・溝5条・土坑多数、中世の区画溝2条がみつかりました。

▲古墳時代前期の遺構(調査区の東より)

 この中で、平成19年度の調査において注目された旧河道に沿って西の微高地上を北から南にはしる溝が、さらに西側の地点に新たに4条みつかりました。

▲古墳時代前期の南北溝(調査区西側を南より)


▲古墳時代前期の竪穴住居(調査区東側を南より)

 縄文時代晩期前半の遺構では、調査区西側には大型土坑が散在する程度なのですが、調査区東側には竪穴状遺構や礫が多数廃棄される土坑などが複雑に重複して存在していた様子が分かりました。

▲縄文時代の遺構(調査区の東より、写真手前側において遺構が重複しています)

 今回みつかった古墳時代前期と縄文時代晩期の遺構群はさらに南に展開する事が明らかになり、盛んな営みとその変遷が存在した事を示すものと考えられます。


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