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愛知県埋蔵文化財センター  - 公益財団法人愛知県教育・スポーツ振興財団

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11/25/2011

大平本城跡 調査速報 その3

Filed under: - palace @ 9:00 am

 調査課の池本です。

 大平本城跡の調査も終盤にさしかかりました。
 先日、二分割した調査区のもう片方の写真撮影が終了しました。写真1は今回撮影したB区の全景です。調査区左側隅に土塁が写っています。前回紹介した土塁とは別の遺構で、調査区外に写っている小山状の盛り上がりに続くものと考えられます。土塁の下方には平坦面が確認できました。前回紹介した調査区(A区)の下段平坦面に続くものです。

大平本城
▲調査区

 出土遺物はやはり16世紀頃が主体です。代表的な資料として写真2に天目茶椀の出土状況を掲載します。

遺物
▲出土遺物

 以上の様に、今回の調査では大平本城に伴う二本の土塁に挟まれた平坦面を確認できました。こうした内容を中心として、調査終了後の12月3日(土)に成果報告会を開催します。詳細は こちら をご覧下さい。


11/17/2011

鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(2)

Filed under: - palace @ 1:32 pm

 調査課の永井邦仁です。

 鹿乗川の橋と遺跡を散策する、第2回目は寺領橋の北約200mにある岩根上橋です。岩根上橋も新しい橋へ作り替える工事が間もなく始まります。現在の岩根橋は、1966年(昭和41)に改築・完成した自動車1台分の幅しかない橋です。

岩根上橋
▲岩根上橋

 この橋も江戸時代後期の村絵図に描かれていますので、岩根橋同様に古くからある橋だと思われるのですが、惣作遺跡の中心には位置していません。しかし平成21年度に行われたセンターの発掘調査で、興味深い事実が明らかになったのです。

地形
▲惣作遺跡の地形と橋の位置関係

 それは、惣作遺跡の中心と考えられていた、寺領橋・岩根橋付近にある自然堤防(沖積地にできた微高地のこと)とは別の自然堤防の存在が明らかになったことです。発掘調査では09C区北部に該当し、奈良時代の竪穴建物や平安時代の柱列や墨書土器が検出されました。

惣作
▲平成21年度の惣作遺跡09C区

 こうしてみると、ある意味で岩根上橋も集落遺跡の中心に架かっているといえるでしょう。いよいよ古い橋の位置が重要になってきました。

 次回は県道幸田石井線の岩根橋です。


11/10/2011

大平本城跡 調査速報 その2

Filed under: - palace @ 10:37 am

 調査課の池本です。

 大平本城跡の調査も中盤にさしかかりました。
 先日、二分割した調査区の片方の航空写真撮影が終了しました。写真は調査区の全景です。右側に土塁、その左側に幾つかの平坦部が写っています。土塁は大平本城に関わる遺構と考えられます。左側の平坦面も大平城の時期に存在していた可能性が高いですが、下段からは近世の土坑が検出できましたし、戦後には畑地として利用されていた様ですから、もう少し検討を加えたいと考えています。
 出土遺物は多量ではありませんが、16世紀に入る資料が主体となっております。

大平本城
▲調査区遠景


11/8/2011

鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(1)

Filed under: - palace @ 10:33 am

 調査課の永井邦仁です。

 遺跡散策をするにはちょうどよい季節となりました。私が担当する、鹿乗川流域にある安城市惣作遺跡でも発掘調査が開始されましたが、調査をしていない時に遺跡を訪ねようとしても、田畑ばかりでその場所がわかりにくい、というお話をよく聞きます。
 そんな時に目標にしていただきたいのが、鹿乗川にかかる橋です。というのも、これまで当センターが発掘調査してきた鹿乗川流域の遺跡は、いずれも橋のある地点を中心に広がっているからなのです。
 それでは鹿乗川の橋を訪ねながら、そこにある遺跡に出会う散策に出かけましょう。惣作遺跡から北へさかのぼっていくことにします。

寺領橋
▲寺領橋(仮設橋)と惣作遺跡(平成21年度調査時)

 安城市木戸町にある寺領橋は、現在工事中で間もなく新しい橋が完成するようです。自動車が行き交うこの橋は、まさに惣作遺跡の中心部分にあたります。惣作遺跡では、数次の発掘調査によって弥生時代中期や奈良・平安時代の集落が検出されています。

岩根橋
▲岩根橋(現在は通行できません)

 寺領橋の北側に岩根橋という1933年(昭和8)に造られた古くて小さな橋がありますが、そのあたりで川の跡が発掘され、奈良時代の木簡が出土しています。木簡には「呉部足国」という人名も記されていました。寺領橋から南西方向の寺領町内には、寺領廃寺という古代寺院跡があり、そことの関連も注目されます。

予定地
▲惣作遺跡08A区と今年度調査予定地(★印)(平成20年度調査時)

 また、寺領橋の東側あたりが沖積地の高まりになっていたと考えられる場所で、そこを中心とする半径約40mの範囲に弥生時代集落が展開していたとみられます。

 次回は岩根上橋から下懸橋を訪ねてみましょう。
 


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