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my weblog : 下新田遺跡 調査速報 その1

1/12/2010

下新田遺跡 調査速報 その1

Filed under: - palace @ 2:49 pm

●調査課の榊原です。

 現在発掘調査を進めている下新田(しもしんでん)遺跡についてお伝えします。

 下新田遺跡は名鉄犬山線岩倉駅の北西約1kmに位置する、弥生時代から戦国時代にかけての遺跡です。県道名古屋江南線建設工事に伴う事前調査として、平成21年10月より調査を実施しています。昨年12月末までに7カ所の調査区で調査を完了しました。

全景
▲全景写真(南から)

 現在までに下新田遺跡で見つかった遺構・遺物のうち最も古いものは、総合体育文化センター交差点西側の09Da区南端で見つかった弥生土器です。弥生時代中期後葉(B.C.1世紀)の深鉢で、荒い櫛状の工具で施文されています(写真1参照)。
土器
▲写真1 弥生土器

 奈良時代(8世紀)のものとしては、Da区を中心に竪穴住居15棟や多数の土坑、掘立柱建物と思われる建物の柱穴が4基、南北に並んで見つかりました。柱穴はおよそ1間の間隔を開けて4つが並んでおり、掘立柱建物の柱の痕だと考えられます。これら4つが建物西壁の柱となり、建物は県道側に広がっていたと考えています(写真2・写真3参照)。
建物1
▲写真2 奈良時代の建物跡

建物2
▲写真3 奈良時代の建物跡

 室町〜戦国時代(14〜16世紀)のものでは、総合体育文化センター北の09B区において幅4mを超える大溝のほか、戦国時代の井戸が見つかりました(写真4参照)。この時期の区画溝は、他の調査区でも多数見つかりました。これらの区画溝は軸線が南北方向より東にやや振れており、ほぼ同じ方向に巡っています。09Da区では大型土坑群も見つかっています。
井戸
▲写真4 戦国時代の井戸

これまでの調査では、Da区と県道を挟んで向かい合う09B区でも、奈良時代の竪穴状土坑などが見つかっています。このことから奈良時代の遺構の中心が09Aa区から09B区にかけて展開していることがわかってきました。竪穴住居群の数が多いだけではなく、柱穴の本数・間隔から見ても大きな掘立柱建物が存在したと考えられます。

 下新田遺跡の調査は、2月まで行う予定です。今後の調査結果については、改めてお知らせする予定です。


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