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愛知県埋蔵文化財センター  - 公益財団法人愛知県教育・スポーツ振興財団

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my weblog : 最北の瓦塔をゆく

12/12/2014

最北の瓦塔をゆく

Filed under: - palace @ 5:23 pm

◎調査課の永井邦仁です。

11月下旬に宮城県加美郡加美町に所在する壇の越遺跡から出土した9世紀後半の瓦塔などを調査するため、同町教育委員会を訪問しました。


▲[画像1]宮城県壇の越遺跡出土の瓦塔(屋蓋部)

壇の越遺跡は、8世紀半ばに施工された方格地割が広がる遺跡です。その一角に9世紀後半につくられた小さな寺院遺構があり、瓦塔はそこを中心に出土しました。(遺跡の概要はこちらから→ 『 壇の越遺跡 -発掘調査の成果-』 宮城県加美町ホームページ > 行政情報 > 文化財 > 刊行物)

屋蓋部の大きさや表現方法などは、関東地域の同じころの瓦塔と同じで、愛知県内でみられる8世紀代の須恵質のものとはかなり違うものです。


▲[画像2]壇の越遺跡からみた東山官衙遺跡

この瓦塔は現在のところ、その分布の最北に位置しています。壇の越遺跡のある大崎平野は宮城県北部に相当し、古代国家が多数の城柵を建設した辺境の地でもあります。壇の越遺跡に隣接する東山官衙遺跡も、陸奥国賀美郡家としてだけでなく、城柵の機能を付加された拠点の1つだったようです。


▲[画像3]史跡東山官衙遺跡の入口(南から)


▲[画像4]東山官衙遺跡からみた大崎平野

ここで興味深いのが、壇の越遺跡の方格地割や東山官衙遺跡の郡家施設が8世紀から9世紀前半に充実しているのに対し、瓦塔や寺院の時期は9世紀後半から10世紀前半だということです。役所的なものが衰退した時期になって寺院が造られる。いったいこの寺と瓦塔の建てたのは誰なのでしょう?最北の瓦塔はまだまだ謎がありそうです。


▲[画像5]隣接する八幡宮境内はイチョウの葉で黄金色でした


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