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my weblog : 鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(3)

12/5/2011

鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(3)

Filed under: - palace @ 8:45 am

調査課の永井邦仁です。

 岩根上橋から鹿乗川の西岸、碧海台地の縁を北へのびる砂利道を行くと、巨大な橋とパイプラインが頭上を横切る地点にたどり着きます。これが、県道292号石井幸田線の岩根橋です。この橋が架かる以前は、江戸時代の村絵図をみても橋はなかったようです。この点で、先に紹介した2つの橋とは事情が違うようです。

岩根橋
▲県道岩根橋とパイプライン

 この橋の真下には五反田遺跡があり、振り返って台地上には加美遺跡があります。加美遺跡は、県道建設工事に先立って当センターが昭和63年度に発掘調査をした遺跡です。古代・中世の集落と中世の墓が検出されています。

遺跡
▲県道岩根橋と五反田遺跡・加美遺跡(★印の地点で周溝墓検出)

 一方、五反田遺跡は平成22年度に当センターが発掘調査しましたが、古代・中世は溝が検出された程度で、明確な建物跡はみられませんでした。しかし、それをさかのぼる弥生時代末期から古墳時代初めの時期に、5基以上の方形周溝墓がつくられていたことが判明しました。勾玉などの副葬品も出土しています。

五反田遺跡
▲五反田遺跡10A区の方形周溝墓群(地元説明会資料より)

 興味深いのは、加美遺跡の東端でも方形周溝墓が2基みつかっていることです。こちらは弥生時代中期後葉とされているので、五反田遺跡の方形周溝墓より古い時期となります。ただし両遺跡ともに、同時期の集落遺構は検出されておらず、弥生時代を通じて墓場となっていた可能性が考えられます。

加美遺跡
▲加美遺跡の方形周溝墓(報告書より再構成)

 ちょうどその頃の川の流路は、五反田遺跡の東側を廻っており、台地縁から沖積地までが連続する地形だったと考えられます。このような地形環境が、遺跡の展開や現・鹿乗川流路に架かる橋の有無に関係しているのかもしれません。


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