須ケ谷遺跡 西海塚遺跡 山王遺跡 2

(すがたにいせき:稲沢市 北緯35度13分4秒,東経136度45分1秒)
(にしかいづかいせき:稲沢市 北緯35度13分3秒,東経136度45分1秒)
(さんのういせき:稲沢市 北緯35度13分2秒,東経136度45分0秒)

C5.gif 調査課の永井邦仁です。

 須ケ谷遺跡のある稲沢市平和町は、尾張平野西部に位置するため、冬の間は北西の伊吹山から吹き下ろす風がとても強いところです。特に今年は、例年にない降雪にも見舞われながら弥生時代の周溝墓群を調査しています。先日その全景撮影が完了しました。


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●須ケ谷遺跡 B区周溝墓完掘

須ヶ谷遺跡B・C区では、現在の水田耕作土(約50cm)の下で、区画整理以前の地割を示すと考えられる溝がいくつか確認され、それとほぼ同じ高さで弥生時代中期の方形周溝墓も確認できました。


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●須ケ谷遺跡 C区方形周溝墓

方形周溝墓とは、死者が埋葬された土坑の周囲に四角く溝を掘って区画したものです。区画は一辺5〜6mのものが一般的ですが、朝日遺跡のように一辺が20〜30m規模の巨大な周溝墓もあります。須ヶ谷遺跡では一般的なサイズの周溝墓が密集して造られたとみられます。ここは北から南へ緩く下る地形ですが、南側のB区では上部があまり削られていない状態で周溝墓を検出することができました。普段は溝の下方だけが確認されることの多い周溝墓ですが、今回はより原形に近い状態だったのです。また一部では、死者が埋葬された土坑(主体部といいます)も確認されました。


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●須ケ谷遺跡 C区壺出土

周溝からは供え捧げられた壺が出土することもしばしばあります。

 現在は、周溝墓群の下で確認された弥生時代の集落を調査中です。竪穴住居が多数検出されています。