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愛知県埋蔵文化財センター  - 公益財団法人愛知県教育・スポーツ振興財団

ニュース

投稿者: palace 投稿日時: 2012/4/27 9:17:25 (1674 ヒット)
埋文

あいち埋文Blog鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(5) が公開されました。

昨年11月からシリーズとして始まった「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる」シリーズ第5弾です。


以下に(1)〜(4)のリンクを紹介します。
・「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(4)
・「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(3)
・「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(2)
・「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(1)


投稿者: palace 投稿日時: 2012/4/25 12:16:25 (2298 ヒット)
埋文

あいち埋文Blogに、平成24年度の発掘調査予定の遺跡位置図が掲載されました。

平成24年度発掘調査予定遺跡

今年度は以下の遺跡を発掘調査する予定です。


①西地・東地遺跡     設楽町大名倉
②トヨガ下遺跡      豊田市下山田代町
③猪移り遺跡       豊田市下山田代町
④栗狭間遺跡       豊田市下山田代町
⑤蔵平遺跡        豊田市下山田代町
⑥岡山南遺跡       西尾市吉良町岡山ほか
⑦東下地遺跡       豊橋市石巻本町
⑧野添遺跡        豊橋市石巻本町
⑨曲松遺跡        豊橋市大岩町
⑩北丹波・東流遺跡    稲沢市下津丹下田町
⑪松崎遺跡・上浜田遺跡  東海市大田町
⑫寄島遺跡        安城市小川町
⑬宮下遺跡        安城市桜井町
⑭惣作遺跡        安城市木戸町


投稿者: palace 投稿日時: 2012/4/20 10:54:08 (1494 ヒット)
埋文

あいち埋文Blog鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(4) が公開されました。

昨年11月からシリーズとして始まった「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる」シリーズ第4弾です。


以下に(1)〜(3)のリンクを紹介します。
・「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(3)
・「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(2)
・「鹿乗川の橋と遺跡をめぐる(1)


投稿者: palace 投稿日時: 2010/7/1 15:00:00 (2103 ヒット)
埋文

1 名 称:習書(しゅうしょ)木簡
※ 習書木簡 文字の練習をした木簡

2 出土場所:惣作遺跡(安城市木戸町)

3 大きさ・形状等
(1)大きさ:長さ573mm×幅32mm×厚さ7mm
(2)形 状:細長い板状
(3) [巻カ]
(表)・「道大巻得得麻呂 得□□大□天平護田 呉部足国」
(裏)・「□ 大 本 本 本 本 本 本本 [ ]」

4 出土の経緯
惣作遺跡の調査において平成20年11月26日に出土しました。出土時は文字の一部しか確認できませんでしたが、水浸け保存を行っている過程において、さらに判読できる可能性がでてきたため、日本福祉大学名誉教授 福岡 猛志(ふくおか たけし)氏および名古屋大学准教授 古尾谷 知浩 (ふるおや ともひろ)氏に釈読をお願いしました。

5 出土状況
(1)遺跡の概要
 遺跡は標高約7mの鹿乗川左岸の沖積地上に展開します。遺構としては、弥生時代中期から平安時代の集落の建物(竪穴建物・掘立柱建物)や水田遺構、川の跡が検出されています。また出土遺物は、集落域では弥生時代中期の土器が最も多く、川の跡からは古墳時代 前期の土師器や木製品が多数出土しています。
(2)出土状況
 木簡は平成20年度に調査した、08A区の木簡川の跡より出土しています。川の跡は大きく上下2層に分かれ、下層は弥生時代から古墳時代、上層は奈良時代から平安時代の堆積がみられます。木簡は上層から出土しました。木簡は2つに折れて分離した状態でしたが、近接する位置で出土しています。上層からは10世紀の灰釉陶器や曲物が出土しており、木簡はこれより古い時期であると判断されます。

4 意 義
木簡に記された文字は奈良時代の書風であり、その筆致から書き手は比較的高度な文字の教育を受けた人物であったことがうかがえます。惣作遺跡の南には寺領廃寺(じりょうはいじ)という奈良時代の寺院跡があり、寺院にかかわる人物の可能性もあります。
 「呉部足国」(くれべのたりくに)は人名になります。「呉部」(くれべ)という氏族は渡来系氏族と考えられています。正倉院文書には、三河国碧海(あおみ)郡呰見(あざみ)郷の戸主として呉部呰麻呂(くれべのあざまろ)、および戸口に呉部清虫がみえ、三河地域の古代氏族と考えて差し支えありません。人名が解読できる木簡と
しては県内初例です。
 呰見郷は現在の西尾市東浅井町・西浅井町に想定されていますが、惣作遺跡から南東へ1.3kmという至近の距離にあり、そこに実在した人とも考えられます。


投稿者: palace 投稿日時: 2010/7/1 15:00:00 (2145 ヒット)
埋文

1 名 称:文書木簡

2 出土場所:下懸遺跡(安城市小川町)

3 大きさ・形状等
(1) 大きさ:長さ138mm×幅38mm×厚さ3mm
(2) 形 状:薄い板状
(3) 釈 文: [算カ] [賜カ]
・□□米物受被□□」

4 出土の経緯
下懸遺跡の調査において平成22年1月20日に出土しました。その後、日本福祉大学名誉教授 福岡 猛志 (ふくおか たけし)氏および名古屋大学准教授 古尾谷 知浩(ふるおや ともひろ)氏に釈読をお願いしました。また保存処理も行っております。

5 出土状況
(1)遺跡の概要
 遺跡は標高約7mの鹿乗(かのり)川左岸の沖積地上に展開します。遺構としては、弥生時代後期から鎌倉時代の集落の建物(竪穴建物・掘立柱建物)や水田遺構、川の跡が検出されています。また出土遺物は、弥生時代末から古墳時代初頭の土師器や木製品などが多数出土しています。
(2)出土状況
 木簡は平成21年度に調査した、09B区の川の跡より出土しています。川の跡は大きく上下2層に分かれ、下層は弥生時代から古墳時代、上層は奈良時代から平安時代の堆積がみられます。木簡は上層底部から出土しました。伴出した遺物は少ないですが、木簡の時期は奈良時代と判断されます。
 木簡は、途中で折り切られた状態でその下部のみが出土しています。

6 意 義
 木簡の記載内容は、米を含む物品の受け取りにかかわる文書になります。これまで愛知県内で出土した木簡のうち判読できた事例のほとんどが習書(しゅうしょ)木簡でしたが、実務的な内容の木簡としては初めての事例です。
 またこの出土地点は、以前に下懸遺跡で出土した習書木簡との出土位置も約20mと近いことから、木簡が集中するエリアとして認識されます。今回の木簡の出土により、付近に木簡を使用する古代の官衙(かんが)や豪族の居宅などの施設が存在していた可能性がさらに高まったといえます。


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