確認された遺構は、窯体1基・作業施設3基・整地部分および灰層です。窯体は谷地形方向の北東−南西方向に作られています。整地部分は焚き口から前庭部にかけて見られます。灰層は前庭部から南西方向の中洞川に向かっての傾斜地に形成されています。残存状況は良好ではなく、窯体の2分の1は地滑りによって消失し、灰層部分も大規模な水流などによりかなり撹乱を受けていました。