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2010年3月8日(月曜日)

石座神社遺跡 調査速報3

カテゴリー: - palace @ 08時45分00秒

●調査課の白井です。

 日頃は、埋蔵文化財の調査・研究につきまして、ご理解とご協力をいただき、厚くお礼申し上げます。愛知県埋蔵文化財センターでは、平成21 年8 月より新城市大宮の『石座神社遺跡』(いわくらじんじゃいせき)の発掘調査を行っています。

全景
▲石座神社遺跡09 調査区遠景

 今年度の調査では、弥生時代後期〜古墳時代前期の竪穴建物が約100 棟見つかり、丘陵斜面に立地する大規模な集落が確認されています。また、たくさんの弥生土器、土師器に加え、縄文時代前期の滑石製けつ状耳飾(けつじょうみみかざり)や昨年度の調査でも見つかった鉛製鉄砲玉などが出土しています。
大型竪穴建物
▲丘陵斜面に立地する大型竪穴建物

遺物
▲竪穴建物における遺物出土状況

耳飾り
▲滑石製けつ状耳飾(けつじょうみみかざり)

玉
▲鉛製鉄砲玉出土状況

 本遺跡は、弥生時代後期〜古墳時代前期における旧設楽郡の中での大規模な集落として位置づけらます。今後、集落の立地や規模、継続性、遺構や出土遺物の構成等の観点から、吉竹遺跡や、モリ下遺跡といった近隣集落との関係性について、より詳細な検討が必要だと考えられます。また、縄文時代の遺物は、草創期〜前期に帰属するものが多いとみられ、当地域の具体的な様相を知るための良好な資料になると思います。


2010年3月1日(月曜日)

下新田遺跡 調査速報 その2

カテゴリー: - palace @ 13時11分16秒

●調査課の榊原です。

 平成21 年10 月より進めてきました下新田遺跡の発掘調査が、平成22 年2月19 日をもって無事終了することができました。新たにわかりました主な調査結果についてお伝えいたします。

全景
▲遺跡全景(南より撮影)

 下新田遺跡は弥生時代から近世にかけての複合遺跡です。特に奈良時代と室町時代後半(戦国時代)の遺構及び遺物が多く見つかりました。

1 弥生時代中期後葉(およそ2000 年前)
 前回の調査速報でもご紹介しましたが、岩倉市総合体育文化センター北西のDa 区南端では、荒い櫛状の工具で施文された深鉢(弥生中期後葉のもの)が出土しました。
その後の調査で、Da 区の南に隣接するDb 区の調査を進めました。その結果、深鉢が出土した溝はDb 区側に伸びており、西側を「コ」の字状に囲んだ幅約1m の溝であることがわかりました。この溝は一辺が10 m程の方形周溝墓の周溝である可能性が考えられます。またDb 区側でもこの溝からは弥生時代の深鉢底部(写真参照)が出土しています。弥生時代の遺物・遺構の分布状況から考え、弥生時代の集落はDa・Db 区の南西、はなのき広場の方向に広がっていたと思われます。 

深鉢
▲弥生時代の深鉢(Db 区で出土)

2 奈良時代(およそ1300 年前)
 この時代の遺構は、県道の西側の調査区でも東側の調査区でも、多数見つかりました。竪穴住居40 棟のほか、柱穴や土坑が確認されています。Da 区では掘立柱建物と思われる柱列が、Da 区の北のEd 区では古代の大型土坑(写真参照)が見つかりました。総合体育文化センター北西にかけてが、古代集落の中心部に近いと考えられます。また、はなのき広場の南東に位置するDc 区からは須恵器に墨で文字が書かれた墨書土器が出土しました。漢字の「にんべん」の部分を読み取ることができます(写真参照)。

土坑
▲古代の大型土坑(Ed 区。南西より撮影)

にんべん
▲「にんべん」が書かれた須恵器の墨書土器(Dc 区より出土)

3 室町〜戦国時代(およそ500 年前)
 今回調査を実施した全12 調査区において、方形に巡る区画溝が確認されました。軸線は東に13°ほど振れており、どの溝もほぼ同じ方向に巡っています。B 区では幅4m を超える大溝や井戸、県道を挟んで向かい合うDa区では大型土坑が集中して掘削されている地点があることから、15 世紀後半〜16 世紀にかけて居住域が広がっていたと考えられます。

全景
▲ Ab 区全景(古代と戦国の遺構が多い。北より撮影)

 5ヶ月にわたり実施した調査によって、多くの成果を得ることができました。また下新田遺跡の北東0.5km に位置する御山寺遺跡から続く古い微高地上に立地することもわかりました。今後は調査記録や出土遺物の整理を行い、岩倉の歴史についての調査研究を進めていきたいと考えています。


2010年2月27日(土曜日)

下懸遺跡 地元説明会のお知らせ

カテゴリー: - palace @ 06時00分00秒

 日頃は、埋蔵文化財の調査・研究につきまして、ご理解とご協力をいただき、厚くお礼申し上げます。この度、安城市小川町で発掘調査中の下懸遺跡の地元説明会を、下記の通り実施する事になりましたのでご案内申し上げます。
 下懸遺跡は、三河地域で初めて古代の木簡が出土したことで注目されていますが、今年度の発掘調査でも古代の木簡が発見されました。

        記

1 日 時  平成22年2月27日(土曜日) 午前10時〜
2 場 所  安城市小川町 下懸遺跡調査区
3 内 容  調査成果の説明、出土品の展示
4 主 催  (財)愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター
       電話0567-67-4163 http://www.maibun.com 
       安城詰所 安城市小川町向田  電話 0566-99-8171 
5 駐車場  駐車スペースがありませんので、公共交通機関をご利用下さい。
        名鉄西尾線 桜井下車 徒歩15分
地図

風景
木簡


2010年2月26日(金曜日)

須長10号墳 地元説明会のおしらせ

カテゴリー: - palace @ 13時30分00秒

**雨天が予想されるため、中止させていただきます。

 日頃は、埋蔵文化財の調査・研究につきまして、ご理解とご協力をいただき、厚くお礼申し上げます。愛知県埋蔵文化財センターでは、平成22年1月より新城市須長地内の『須長10号墳』の発掘調査を行ってまいりました。
 須長10号墳は、新城市に約200基あるといわれている古墳の一つで、南北約15m、東西約14mの古墳時代後期の円墳だと思われます。古墳の埋葬施設は横穴式石室で、周溝が確認されました。古墳周辺には竪穴建物跡などの遺構も見つかり、土器も出土しています。
 つきましては、これらの発掘調査の成果を見て頂きたく説明会を下記のように開催いたしますので、皆様お誘い合わせのうえ、ぜひお越し下さい。

        記


1 日 時  平成22年2月27日(土曜日) 午後2時〜
2 場 所  新城市須長字天王 須長10号墳発掘調査現場
3 内 容  調査成果の説明、出土品の展示
4 交 通  駐車スペースがありませんので、公共交通機関をご利用下さい。
        JR飯田線「三河東郷駅」より 北へ徒歩約30分

地図

写真1

写真2


2010年2月9日(火曜日)

桑下城跡 調査報告

カテゴリー: - palace @ 09時41分38秒

◎調査課の伊奈です。

 11月21日(土)に開催しました瀬戸市上品野町の桑下城跡地元説明会には大勢の方々に足を運んでいたき、ありがとうございました。9月から始まった今年度の発掘調査も1月で無事に終了しました。今回はその後の調査結果を中心に報告します。
全景 
▲調査区遠景

【調査概況】
尾根上の曲輪(くるわ:城の中の平場)東西2カ所で大溝が見つかりました。大溝は底面の幅70cm程の箱堀で、形状から通路とも考えられます。溝の西端では、この溝を埋めた後に掘削された溝から土留めと考えられる石組みが見つかりました。また、この大溝が途切れる辺りから柵列と考えられる穴がコの字状に展開しています。
大溝 
▲尾根上の大溝と柵列跡

調査区南側の大きな曲輪中央部分で火災が起きたと考えられる焼土や被熱した石が出土し、火災後の整地面(第1面)、焼土が広がる面(第2面)、築城当初と考えられる面(第3面)を確認しました。地元説明会では第1面の概要を報告しました。  

< <第1面>>
 曲輪中央で南北方向に走る石組みの溝が見つかり、溝からは鳥形水滴、猪形水滴、合子(ごうす)などが出土しました。また、部分的に石が組まれたL字状の溝も見つかり、溝の中は焼土や炭化物で埋まっていて直接火を受けたと思われる部分もありました。北東部分では石組みの井戸も見つかっています。出土遺物は豆天目、茶入、水滴などの大窯(おおがま)製品の他、茶臼、鉄製刀子(とうす)、ガラス製数珠玉(じゅずだま)、中国産染付碗などが出土しています。
曲輪1
▲地元説明会 南側曲輪の第1面

井戸
▲石組みの井戸

< <第2面>>
 南側は1m以上の盛土がされており、曲輪全体で大規模な造成が行われたことが分かりました。中央部分に焼土が広がっており、火災が起きたと考えられます。
 焼土の広がりの北西部分でL字状の溝が、中央部分でも別の溝が見つかりました。
中央部分の溝の中は焼土塊が多数埋まっており、溝の底部から鳥形水滴や匣鉢(さやばち)、銅製金具が出土しました。また、この溝の東側の焼土層から豆天目が、南側の炭化物集積部分から兜の一部である鍬形台(くわがただい)が出土しました。発掘調査で鍬形台が見つかることは大変珍しいことです。西隣の曲輪との境で古い時期の特徴を持った石垣も見つかっています。
 出土遺物は、第1面・第2面共に内耳鍋などの日常生活用具はあまり出土しませんでした。このことから、この曲輪は日常生活とは異なる特殊な空間だったとも推測できます。
焼土
▲南側曲輪 焼土の広がり(第2面)
     
遺物
▲南側の曲輪の出土遺物(水滴、合子、豆天目)
     
鍬形
▲鍬形台
     
毛彫り
▲鍬形台の毛彫り

< <第3面>>
 曲輪のほぼ中央で南北方向へつながる約3mの石列が見つかりました。この石列の東側は南方向へと大きく落ち込んでおり、西側は溝や柵列が隣の曲輪へと続いていて一体の平場だったと考えられます。
 出土遺物は平碗、直縁大皿、耳付水注、卸目付大皿、天目台など古瀬戸製品が多く、他には東濃型山茶碗や中国産染付碗も出土しています。
石垣
▲石垣と溝、柵列跡
            
曲輪3
▲南側曲輪 第3面

< <その他>>
 桑下城築城以前と考えられる大きな穴が複数見つかりました。これらは地山を掘り抜き底面中央に小穴を伴っており、縄文時代の陥穴(おとしあな)と考えられます。陥穴の1つからは石鏃(石のやじり)が、南側の曲輪からは旧石器時代の細石核(さいせっかく)という石刃(石器)の元になる部分が出土しました。
             

 以上、4回に及ぶ調査によって桑下城の性格が明らかになってきました。本丸周辺は大規模に改造されており、侵攻勢力である松平氏や今川氏の関与がうかがわれます。これに対して、従来城外とされていた本丸西側の小曲輪群は築城当初の形状が残り、在地領主である永井(長江)氏の居城域であった可能性が高まりました。このように、有力大名が在地領主の館城(やかたじろ)に入って新たな城を形成した例として城郭研究にとって大きな成果を残すことができました。今後も調査研究を進めていきたいと考えています。


2010年1月31日(日曜日)

車塚遺跡 地元説明会のお知らせ

カテゴリー: - palace @ 08時00分00秒

平素は、愛知県埋蔵文化財センターの調査・事業に、ご理解およびご協力頂き、まことにありがとうございます。
 昨年10月から調査を行なっています車塚遺跡では、弥生時代から古代にかけての集落跡が良好な状態で見つかりました。特に、これまで知られていなかった古墳が2基も発見され、当地の歴史を考える上で、貴重な調査事例となると考えられます。
 つきましては地元説明会を下記のように行ないますので、是非お越し下さい。

地図

1. 日 時  平成22(2010)年2月6日(土) 午前11時〜 小雨決行
2. 場 所  岡崎市岩津町字車塚 車塚遺跡
3. 内 容  調査区内での調査成果の説明と、出土遺物の展示を行ないます。
4. 問合せ先 調査課 鈴木・川添(電話0567-67-4163)

※見学用通路などに万全の注意には心掛けますが、足下にはご注意ください。

須恵器
▲古墳の中から出土した須恵器

耳環
▲古墳の中から出土した金環(耳飾り)

建物
▲古代の掘立柱建物群


2010年1月27日(水曜日)

一色青海遺跡 地元説明会のお知らせ

カテゴリー: - palace @ 12時00分00秒

 愛知県埋蔵文化財センターでは、日光川上流流域下水道浄化センター内の施設拡充にともない、平成21年5月から稲沢市一色青海町に所在する一色青海遺跡の発掘調査をおこなっております。
 弥生時代中期後葉(紀元前1世紀頃)の集落の中心部を発掘し、竪穴住居50棟以上、掘立柱建物5棟以上と、集落の北を画する大溝2条を確認しました。
 なかでも大溝からは、大量の土器とともに、製作途中の鍬や斧柄、竪杵、弓などの木製品のほか、赤彩をほどこしたカゴ、ヒスイ製の勾玉などの珍しい遺物が出土しました。
 つきましては、これらの発掘調査成果をご覧いただきたく、説明会を下記のように開催いたしますので、多くの方々のお越しをお待ち申し上げております。

住居跡
▲竪穴住居土器出土状況

1 日  時  平成22年1月30日(土) 午前10時より
                    1時間程度
2 場  所  一色青海遺跡発掘調査現場 稲沢市一色青海町地内
3 内  容  発掘調査で見つかった遺構の説明と見学、出土遺物の展示
4 主  催  (財)愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター
        電話 0567-67-4163 http://maibun.com
        一色青海詰所 電話 0587-36-1793
5 そ の 他   当日は別途説明資料を配布し、30分程度調査研究員が説明を行っ 
        た後、質問にお答えします。
        なお、雨天の場合は中止します(小雨決行)。
地図
▲地図

竪杵
▲竪杵

赤彩弓
▲赤彩弓

赤彩カゴ
▲赤彩カゴ

二連の鍬未成品
▲二連の鍬未成品


2010年1月12日(火曜日)

下新田遺跡 調査速報 その1

カテゴリー: - palace @ 14時49分41秒

●調査課の榊原です。

 現在発掘調査を進めている下新田(しもしんでん)遺跡についてお伝えします。

 下新田遺跡は名鉄犬山線岩倉駅の北西約1kmに位置する、弥生時代から戦国時代にかけての遺跡です。県道名古屋江南線建設工事に伴う事前調査として、平成21年10月より調査を実施しています。昨年12月末までに7カ所の調査区で調査を完了しました。

全景
▲全景写真(南から)

 現在までに下新田遺跡で見つかった遺構・遺物のうち最も古いものは、総合体育文化センター交差点西側の09Da区南端で見つかった弥生土器です。弥生時代中期後葉(B.C.1世紀)の深鉢で、荒い櫛状の工具で施文されています(写真1参照)。
土器
▲写真1 弥生土器

 奈良時代(8世紀)のものとしては、Da区を中心に竪穴住居15棟や多数の土坑、掘立柱建物と思われる建物の柱穴が4基、南北に並んで見つかりました。柱穴はおよそ1間の間隔を開けて4つが並んでおり、掘立柱建物の柱の痕だと考えられます。これら4つが建物西壁の柱となり、建物は県道側に広がっていたと考えています(写真2・写真3参照)。
建物1
▲写真2 奈良時代の建物跡

建物2
▲写真3 奈良時代の建物跡

 室町〜戦国時代(14〜16世紀)のものでは、総合体育文化センター北の09B区において幅4mを超える大溝のほか、戦国時代の井戸が見つかりました(写真4参照)。この時期の区画溝は、他の調査区でも多数見つかりました。これらの区画溝は軸線が南北方向より東にやや振れており、ほぼ同じ方向に巡っています。09Da区では大型土坑群も見つかっています。
井戸
▲写真4 戦国時代の井戸

これまでの調査では、Da区と県道を挟んで向かい合う09B区でも、奈良時代の竪穴状土坑などが見つかっています。このことから奈良時代の遺構の中心が09Aa区から09B区にかけて展開していることがわかってきました。竪穴住居群の数が多いだけではなく、柱穴の本数・間隔から見ても大きな掘立柱建物が存在したと考えられます。

 下新田遺跡の調査は、2月まで行う予定です。今後の調査結果については、改めてお知らせする予定です。


2009年12月9日(水曜日)

多り畑遺跡 地元説明会

カテゴリー: - palace @ 13時00分00秒

 愛知県埋蔵文化財センタ−では東三河環状線道路建設に伴い、平成21年10月より豊橋市石巻地区の「多り畑遺跡」の発掘調査をおこなっております。矢田川の段丘上にある本遺跡では、縄文時代早期の押型文土器、弥生時代の土器棺墓、古墳時代の住居跡など様々な遺物、遺構が見つかりました。特に押型文土器は県内でも発掘事例の少ない尖底部が出土しております。
 つきましては、これらの発掘調査の成果をごらん頂きたく、説明会を下記のように開催致しますので、多くの方のお越しをお待ちしております。
土器
▲押型文土器尖底部

住居跡
▲住居跡

            記
1 日 時  平成21 年12 月26 日(土曜日) 午前10 時〜
2 場 所  豊橋市石巻町 多り畑遺跡調査区
3 内 容  調査成果の説明、出土品の展示
4 主 催  (財)愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター
       電話0567-67-4163 http://www.maibun.com 
       豊橋詰所 電話 0532-88-0753 
5 駐車場  駐車スペースがほとんどありませんので、公共交通機関をご利用下さい。
        豊橋鉄道バス 豊橋和田辻線 石巻登山口下車 
地図


2009年11月30日(月曜日)

多り畑遺跡 調査速報

カテゴリー: - palace @ 08時45分00秒

○調調査課の本田です。 
豊橋市石巻町の多り畑遺跡の調査を10月から行っております。多り畑遺跡は矢田川左岸の段丘上に位置し、辻川川1号墳が隣接しているとされていますが、今のところ確認はできていません。周辺には辻川遺跡や神郷遺跡群など多くの遺跡が立地しています。
さて、これまでの調査では高坏や壺といった弥生土器や山茶碗などの中世土器が出土しています。注目すべき点は縄文時代早期の土器である押型文土器が数多く出土していることです。土器の口縁部や、今までに出土例の少ない底の部分も出土しており、今後慎重に調査を進めていきたいと思います。

多り畑
▲押型文土器底部出土状況

多り畑
▲押型文土器口縁部出土状況


2009年11月24日(火曜日)

石座神社遺跡 調査速報 その2

カテゴリー: - palace @ 09時15分19秒

○調査課の白井です。
 新城市大宮にある石座神社遺跡が、東三河地方において、新城市政情報番組「いいじゃん新城」の中で「大宮石
座神社遺跡現地説明会」として放送されました。 以下、豊橋ケーブルネットワーク[ティーズ]さんの了承を得て、放送されたものの一部を編集し、紹介します。

▲あののんNEWS「大宮石座神社遺跡現地説明会」
このように、石座神社遺跡の発掘調査は、順調に進んでいます。現在のところA 区で約40軒の竪穴住居址が検
出されています。この地方にかつて大きな集落があったことが推測されます。今後の遺跡説明会については、来年
の2月に行うことを予定しています。調査の成果についても、随時お知らせしていく予定です。

*動画の再生には,QuickTimePrayerが必要です。下記のサイトよりダウンロードしてください。
​アップル QuickTime ダウンロード


2009年11月13日(金曜日)

桑下城跡 地元説明会

カテゴリー: - palace @ 08時45分00秒

◎調査課の伊奈です。

 愛知県埋蔵文化財センターでは、国道363号線の改良工事に伴う桑下城跡の発掘調査を平成21年9月から12月の予定で実施しています。調査面積は2,100平方メートルです。平成16、19、20年度と続いた調査も本年度で終了となります。
 桑下城跡は、瀬戸市北東部にある品野盆地の北東、標高210m前後の丘陵上に立地する平山城で、東西約220m、南北約100mの規模が推定されています。
 丘陵南側の集落のある谷筋を水野川が流れ、信濃国へ続く中馬街道が通っていたとされています。一帯は尾張・三河の国境に近いことから、特に16世紀代には織田・松平(今川)の覇権争いの最前線となりました。
 
< <これまでの調査の概要>>
  第1次調査(平成17年1月〜3月) 丘陵西端部の1,000平方メートル
   曲輪(くるわ)と考えられる平場や武者走りと思われる平坦面を確認しています。
  第2次調査(平成19年9月〜平成20年3月) 丘陵東側部分の4,000平方メートル
   本丸では掘立柱建物と礎石建物、堀からは保存状態の良い和鏡などが出土しています。
第3次調査(平成20年8月〜平成21年3月) 丘陵中央付近の3,300平方メートル
   本丸西部で堀や溝を、曲輪と考えられる平場で櫓跡や番小屋跡、井戸・溝・石組・池で構成された庭園跡などを確認しています。

桑下遠景
▲遺跡遠景

今回の調査は、第3次調査の西側、曲輪と考えられる平場を中心とした調査です。
 平場は9ヵ所確認でき、便宜上1曲輪から9曲輪と仮称して調査を進めています。中でも調査区中央南に位置する9曲輪は一番残りの良い曲輪で、面積約250㎡の広さです。石列をともなう溝が東西・南北方向に確認できています。溝の中からは城の時期と考えられる動物を模した水滴が出土し、特に猪の水滴は大変珍しい逸品です。水滴の他にも、茶臼、天目茶碗、茶入、合子、中国製染付椀、鉄製刀子、ガラス玉などが出土しています。
 また、焼土層が見られ、被熱の痕跡のある石が石列に利用されていることから火災を受けたと考えられます。その他、別な曲輪からは石垣も見つかっています。

イノシシ
▲猪形水滴

トリ
▲鳥形水滴

9曲輪
▲9曲輪側面の石垣

作業
▲発掘作業

  現在、調査の途中ですが、是非とも皆様方にこの遺跡について知っていただきたいと考えております。
 つきましては、説明会を下記のとおり開催いたします。地元の方だけでなく、多くの方のお越しをお待ちしております。

1 日  時  平成21年11月21日(土) 午前10時40分より1時間程度
2 場  所  桑下城跡発掘調査現場 瀬戸市上品野町地内
3 内  容  発掘調査で見つかった遺構の説明と見学、出土遺物の展示
4 調査主体  (1)委  託  者  愛知県建設部        
       (2)受  託  者  愛知県教育委員会 
       (3)調査実施機関 (財)愛知県教育・スポーツ振興財団 
                    愛知県埋蔵文化財センター
       (4)調査支援 国際文化財株式会社
5 そ の 他
  当日は別途説明資料を配布し、30分程度調査研究員が説明を行った後、質問にお答えします。 なお、雨天の場合は中止します。(小雨決行)
*当日は駐車場に限りがありますので、公共交通機関のご利用をお願いいたします。
*現地は段差や、滑りやすい場所があります。当日はかかとの低い滑りにくい履物と動きやすい服装でおいでください。指定の見学場所以外には立ち入らないようにお願いします。

名鉄瀬戸線 新瀬戸駅より名鉄バス 上品野行き(品野行き)約27分(約24分)
瀬戸駅前(尾張瀬戸駅)より名鉄バス 上品野行き(品野行き)約16分(約13分)

地図
参考:バス時刻 新瀬戸駅発 9時7分、37分(品野止まり)、10時7分
        瀬戸駅前発 9時18分、48分(品野止まり)、10時18分
* あくまで参考ですので、必ずご確認ください。

(お問い合わせ先)
愛知県埋蔵文化財センター 桑下詰所 tel.0561-41-1509  担当:小澤、宇佐見、伊奈
国際文化財株式会社 桑下詰所 tel.0561-41-1519 担当:足立


2009年11月11日(水曜日)

平成22年度採用 期限付任用職員を募集します

カテゴリー: - palace @ 09時48分31秒

平成22年度採用  期限付任用職員を募集します

《受付期間》 平成21年11月17日(火)〜12月2日(水)(郵送又は持参)
《選考試験》 平成21年12月14日(月)
《採用予定》 平成22年4月1日(木)

 採用職種    調査研究員(期限付任用)
 採用予定者数  4名程度
 職務内容    埋蔵文化財発掘調査及び整理作業、調査報告書の作成
 雇用期間    平成22年4月1日から平成23年3月31日
         業務の状況、勤務実績により、1年以内の期間を単位とし,
         2回を限度として更新することがあります。
※ 特に調査研究の業績が顕著な人の中から、雇用期間終了後、特別選考により正規の職員として採用することがあります。

詳細は こちら からダウンロードしてください


2009年11月4日(水曜日)

モリ下遺跡 調査速報 その3

カテゴリー: - palace @ 10時05分08秒

遺跡説明会が行われました。

○調査課の亀甲&白井です。
 10月17日(土)に、新城市にあるモリ下遺跡と石座神社(いわくらじんじゃ)遺跡の遺跡説明会が行われました。当日はあいにくの雨模様の天気でしたが、どちらの説明会にも多くの見学者が訪れました。

 モリ下遺跡で行われた説明会では、竪穴住居跡やカマド跡と思われる遺構等を興味深く見入っている見学者が多かったです。展示室には、出土した遺物が出土状況を撮影したパネルとともに展示されました。

モリ下説明
▲モリ下遺跡 遺跡説明会

モリ下展示
▲モリ下遺跡 遺物展示室

 石座神社(いわくらじんじゃ)遺跡では、説明会が開始される時間になって雨が強くなり、現地での見学ができなくなってしまいましたが、展示室では遺跡概要の説明と、出土した遺物の展示を行いました。なかでも、県下で数点しか出土した例のないけつ状耳飾り(石製の耳飾り)は、見学者の高い関心を誘っていました。また、遺跡発掘調査の手順についてのスライドが投影され、発掘調査について知っていただく良い機会になったと思います。なお当日は、新城市のケーブルテレビが取材に訪れ、説明会の様子が撮影されました。後日、東三河地方で放送される予定です。

石座神社説明
▲石座神社遺跡 遺跡説明会

石座神社展示
▲石座神社遺跡 遺物展示室


2009年10月21日(水曜日)

西牧野遺跡 地元説明会のお知らせ

カテゴリー: - palace @ 08時45分00秒

 愛知県埋蔵文化財センターは平成21年6月より、岡崎市牧平町にある西牧野遺跡の調査を行っています。
 これまでの調査で旧石器、縄文・弥生時代の土器が検出され、また平安時代や鎌倉時代の旧流路より陶磁器類が出土しています。中でも今回特に注目すべき成果は旧石器が多数出土している点です。
 黒曜石、チャート、凝灰岩、流紋岩など石材は多岐にわたります。剥片が多いものの、石核や旧石器時代に特徴的なナイフ型石器も出土しています。
 県内において、旧石器時代の遺物がこれほどまとまって検出される事例はこれまでありませんでした。
 つきましては、これらの発掘調査の成果を見ていただきたく説明会を下記のように開催いたしますので、皆様お誘い合わせのうえ、ぜひお越しください。

グリッド

遺構掘削

      記
日時 2009年10月24日(土)午前10時から1時間程度 小雨決行
場所 愛知県岡崎市樫山町字牧野 西牧野遺跡(下図参照)
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内容 発掘調査で見つかった遺構の見学と説明。旧石器を中心とした出土品の展示。

交通手段 名鉄本線 本宿駅経由 名鉄バス 樫山口下車 徒歩3分
*当日は駐車場に限りがありますので、公共交通機関のご利用をお願いいたします。

*現地は段差や、滑りやすい場所があります。当日はかかとの低い滑りにくい履物と動きやすい服装でおいでください。指定の見学場所以外には立ち入らないようにお願いします。

(お問い合わせ先)
愛知県埋蔵文化財センター 西牧野詰所 tel.0564-82-4020


2009年10月16日(金曜日)

堀尾氏邸宅跡 地元説明会のお知らせ

カテゴリー: - palace @ 08時45分00秒

  愛知県教育委員会
  愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター
  国際文化財株式会社

一般県道小口岩倉線建設工事に伴う事前作業の文化財発掘調査で遺構・遺物が検出されております。説明会を下記により行いますので、ご近所の方々お誘い合わせのうえお越し下さい。

   記
日時 2009年10月24日(土)午後2時 小雨決行
場所 愛知県丹羽郡大口町堀尾跡地内(下図参照)
*遠方よりお越しの方は、駐車場がありませんので、公共交通機関をご利用ください。最寄り駅は名鉄犬山線布袋駅で、徒歩約20〜30分です。
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(連絡先)
  愛知県埋蔵文化財センター 堀尾跡発掘調査事務所 tel.0567-67-4163 担当者:永井・石黒
国際文化財株式会社 堀尾跡発掘調査事務所 tel.0587-96-1615 担当者:野々村


2009年10月9日(金曜日)

モリ下遺跡 調査速報 その2

カテゴリー: - palace @ 09時33分21秒

小学生が遺跡の見学に来ました

○調査課の亀甲です。
 10月1日(木)新城市八束穂にあるモリ下遺跡に、新城市立黄柳野(つげの)小学校の5・6年生児童7名が見学に来ました。遺跡調査がどのように行われているのか、新城市にはどんな遺跡があるのかなどをスライドで紹介した後、現場に出て、作業の様子を見てもらいました。竪穴住居の跡や、土中に埋まっている土器などを目の当たりにして、目を輝かせながら見学している子どもたちの姿が印象的でした。今回の見学を通して、地域の歴史についての関心を少しでも高めてくれるとうれしいです。

なおモリ下遺跡では、地元説明会を予定しております。詳しくは こちら をご覧下さい。


モリ下遺跡・石座神社遺跡 地元説明会

カテゴリー: - palace @ 08時00分00秒

愛知県埋蔵文化財センターは平成21年6月より新城市八束穂地区内の『モリ下遺跡』、平成21年8月より新城市大宮地区内の『石座神社(いわくらじんじゃ)遺跡』の発掘調査を行ってまいりました。モリ下遺跡では、弥生〜古墳時代の住居跡、中世〜戦国時代の溝・土壙、石座神社遺跡では弥生〜古墳時代の住居跡・大規模な溝、また近世以降の窯跡など遺構が見つかり、さまざまな遺物も出土しています。
 つきましては。これらの発掘調査の成果を見て頂きたく説明会を下記のように開催いたしますので、皆様お誘い合わせのうえ、ぜひお越し下さい。

   記

日時 平成21年10月17日(土)
  モリ下遺跡……午前11時から45分程度
  石座神社遺跡…午後1時30分から45分程度
   ※雨天の場合は中止します。

場所 モリ下遺跡……新城市八束穂字モリ下 モリ下遺跡発掘調査現場
   石座神社遺跡…新城市大宮字長頭貝津・狐塚 石座神社遺跡発掘調査現場

内容
  モリ下遺跡……発掘調査で見つかった遺構の見学と説明。出土品の展示
  石座神社遺跡…発掘調査作業の公開

主催  (財)愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター

交通手段 モリ下遺跡……JR飯田線「三河東郷駅」より北東へ徒歩約30分
     石座神社遺跡…JR飯田線「茶臼山駅」より北へ徒歩約30分
※ 当日は駐車場に限りがありますので、できる限り公共交通機関のご利用をお願いします。

その他 現地は多くの段差がありますので、当日は滑りにくい履物、動きやすい服装でおいで下さい。指定の見学場所以外には立ち入らないようにお願いします。

問い合わせ先
  (財)愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター新城詰所 0536-23-7544 まで


2009年9月24日(木曜日)

塔の越遺跡 調査速報

カテゴリー: - palace @ 10時11分19秒

◎調査課の伊奈です。

 稲沢市長野町にある塔の越遺跡の発掘調査を6月から8月末にかけて実施しましたので、その成果を紹介します。
 塔の越遺跡の発掘調査は、都市計画道路稲沢西春線にかかる事前調査として平成19年度から本年度まで、3次に渡って実施しました。本遺跡は稲沢市東部、JR稲沢駅近くの市街地にあり、古墳時代から中世までの遺構を検出しました。

調査区遠景
▲写真1 調査区遠景

本年度の調査区はA区、B区、C区の3か所。各調査区の概要は以下の通りです。
<A区> 近現代の水田跡の下から奈良時代の掘立柱建物の跡が見つかりました。
<B区> 奈良時代から平安時代の溝4本と、古墳時代後期の井戸が見つかりました。この井戸は素掘りで、井戸の中からは高杯や𤭯(はそう)、杯などの須恵器が出土しました。

B区
▲B区の井戸

<C区> 近世の溝や中世の溝、平安時代の井戸、古墳時代の方墳の溝などが見つかりました。方墳の溝からは完全な形の須恵器(杯身・杯蓋)と共に管玉と呼ばれる当時のアクセサリーも出土しました。平安時代の井戸は大変残りの良い立派なもので、しっかりとした板材を方形に組み合わせて、2段見られ、中からは曲物や櫛、灰釉陶器(瓶・長頸壺)、ピンセット様の銅製品など様々な遺物が見つかりました。井戸の板材は大きな建物の扉が転用されたのではないかと考えられます。稲沢市には古代の尾張国府が置かれていたと考えられており、それとの関連も含めて今後も調査研究を進め、当遺跡の性格を明らかにしていきたいと考えています。

C区全景
▲C区全景

C区須恵器
▲C区方墳の周溝より出土した須恵器(杯身・杯蓋)

C区管玉
▲C区より出土した管玉

C区井戸側面
▲C区井戸側面

C区井戸内部
▲C区井戸内部

C区曲物
▲C区井戸出土遺物 1曲物(まげもの)

C区杯釉陶器
▲C区井戸出土遺物 2灰釉陶器

C区銅製品
▲C区井戸出土遺物 3銅製品


2009年9月17日(木曜日)

西牧野遺跡 調査速報

カテゴリー: - palace @ 12時11分41秒

○調査課の石原です。
 本年4 月から第2 東海自動車道横浜名古屋線の建設工事に伴う事前調査として、岡崎市牧平町にある西牧野遺跡の調査を行っています。
 今回調査しているこの遺跡では、これまでの調査で多数の旧石器、縄文・弥生時代の土器が検出されています。また、男川支流の旧流路から、平安時代や鎌倉時代の碗や皿が出土し、中世のお墓が確認されています。しかし、その中でもこの遺跡の注目すべき成果は旧石器が多数出土している点です。
 黒くてガラス質の黒曜石、赤みがかった色で出ることが多いチャート、白っぽい凝灰岩、緑色が混じったような流紋岩など石材は多岐にわたります。石を製品として割って作る際にはがれた剥片が多いものの、製品をはがすもとの石として使われた石(石核)や旧石器時代に特徴的なナイフ型石器も出土しています。
 県内において、旧石器時代の遺物がこれほどまとまって検出される事例はこれまでありませんでした。現在、慎重に発掘作業を進めているところです。

調査区遠景
▲写真1 調査区遠景

遺物
▲写真2 上段はナイフ型石器、下段は石核、剥片およびスクレイパー


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財団法人 愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター