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2008年02月29日

寄島遺跡 調査速報 その2

調査課の岡久です。
安城市小川町に所在する寄島(よせじま)遺跡の発掘調査速報の2回目です。今回は、ほぼ掘削の終了した最北部のA区と、現在掘削中の最南部のC区の現在までの状況を紹介いたします。
なお、寄島遺跡では3月8日(土)に地元説明会を予定しております。
 詳細は こちら  をご覧ください。

A区・C区ともに、B区と同様に古代以降と考えられる面を1面目としましたが、明瞭な遺構はほとんど検出されませんでした。とくにC区では平安時代の灰釉陶器などが多く出土しましたが、それを伴う遺構は確認できませんでした。その後、A区では包含層を15cmほど掘り下げた面を2面目として検出を行い、B区と同様に古墳時代初期から古墳時代前期と考えられる多くの竪穴住居跡や、時期不明の縦横に走る多数の溝や土坑などの遺構群を確認しました。A区においてもB区で確認された「幅の広い周溝を持つ住居」跡がいくつか確認されました。
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▲A区2面全体(北から)

A区には、中央東側から北西部にかけて包含層がさらに厚く堆積している箇所があり、この地域の下位を3面目としました。3面目でも縦横の溝や多数の土坑と明瞭な竪穴住居跡を確認しました。ただし、3面目の遺構についても2面目の遺構と時期的には同時期かやや先行する程度と考えられます。
これまでの調査から、A・B両地区の地域は弥生時代末期から古墳時代前期頃までは集落域であったと言うことができると考えられます。ただし、出土遺物の形式の変化と出土区域を考え合わせると、その集落域は一定ではなかったと考えられます。
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▲A区3面1545SB遺物床面出土状況(西から)

集落域と考えられるA・B区に対して、最南部のC区はそれまでとは様相が全く異なりました。竪穴住居跡と考えられる遺構が北部でわずかに確認された以外は北西-南東方向に平行する多数の溝が検出されました。そして特徴的なのは、それらの遺構より上位で明瞭な形の方形周溝墓が2つ確認されたされたことです。つまり、この区域は墓域と考えられます。
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▲C区北部方形周溝墓検出状況

さらに、C区の最南部には幅が11mもあってほぼ直角に屈曲する大溝が確認されました。この大溝の性格は今のところ不明です。
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▲C区最南部大溝検出状況(北東から)

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