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2007年04月04日

西浦遺跡 発掘調査速報 8

●調査課の岡久です。
 豊橋市石巻町に所在する西浦遺跡の発掘調査速報の8回目です。約半年にわたり調査をすすめてきた西浦遺跡も、3月初めにE区全体の空撮を行った後に補足調査を行い、ようやく調査終了となりました。今回は西浦遺跡調査速報の最終回。E区の調査の最終状況を報告いたします。

E区では、全域で竪穴住居跡が見つかり、その数は確認されただけで50棟を超えます。それらの住居跡は、時期としては弥生時代中期〜古墳時代初期、古墳時代後期に大別できます。竪穴住居跡には、煮炊きをしたカマドや炉の跡、柱穴や貯蔵穴となどを伴うのが一般的です。
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▲E区 全体写真

E区の南部には方形周溝墓群が存在していることが判明しました。この調査区内には、南北方向の周溝を共有する形で4基の方形周溝墓が確認されました。
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▲E区南部方形周溝墓群

これらの方形周溝墓の周溝内からは、弥生時代後期〜古墳時代初期の土器がまとまって出土しています。
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▲E区周溝土器集中

調査の最終場面になってE区最南部からは弥生時代中期と考えられる土器棺墓が出土しました。この土器棺墓は、文様の鮮やかな胴部に穴を開けられた壷の本体がほぼ完全な形で残っており、別個体の壷の破片で口縁部と胴部の穴の2箇所を覆うように蓋をされていました。また、この土器棺は地山を掘り抜いた深い場所に丁寧に据えられていました。現在のところ内部からは遺体に関するものは見つかっていません。
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▲E区最南部土器棺墓

総じてE区は大変濃厚な調査区でした。それ以前の調査区よりもはるかに古い時代から、ずっと利用され続けてきた土地であったといえます。今回発掘調査した西浦遺跡を全体として見てみると、長期間にわたる台地末端部から台地内部への土地利用の進展を窺えます。

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