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2006年10月04日
西浦遺跡 調査速報 3
●調査課の岡久です。
愛知県埋蔵文化財センターでは、平成18年7月から豊橋市石巻町に所在する西浦遺跡の発掘調査を実施しています。この調査は、県道東三河環状線道路改良工事に伴うもので、今年度内に6000平米の面積を、7調査区(大きくは5調査区)に分けて調査を実施しています。
今回はこの西浦遺跡の発掘調査速報の3回目で、Ba区の1面目のご紹介をさせていただきます。
Ba区1面では、調査区を南北に縦断して北端で東に屈曲する大溝や、南北3間東西4間と想定される掘立柱建物の跡などが確認されました。

▲Ba区 全体(北から)
このうち大溝は、南半部に比べて北側の屈曲部が極端に深くなるという内部構造をもっています。出土品は江戸時代全般のものがみられますが、とくに深くなった北側の屈曲部では江戸時代後期の瓦や磁器などが多くなります。このことからこの大溝は、江戸時代後期の一時期に何らかの事情で北側だけが深くなったことがわかります。また、深くなる屈曲部の肩の一部は、溝に下りることができるように整形されていました。人々の生活に深く関わる溝であったことが想像されます。

▲Ba区 大溝(北から)
掘立柱建物については、その柱の跡(柱穴)と考えられる土坑の多くは形が不整形で深く掘られていて、根石も据えられていました。それらの土坑から江戸時代中頃の土鍋などが出土しいることや、周囲にある大溝などの他の遺構との関係などを考えると、この掘立柱建物は江戸時代のものであると考えられました。つまりBa区の1面では、江戸時代の村の一部、人々が居住した屋敷地を発掘したようです。

▲Ba区 掘立柱建物プラン(西から)
Ba区1面は比較的新しい時代の遺構を中心に掘ったわけですが、それでも古代の遺物(須恵器や灰釉陶器など)が散見されます。ということは当然付近に古代の遺構が存在している可能性が高いわけです。Ba区2面ではこれらの遺構を中心に掘削を進めるつもりです。また、同時進行でBa区と道をはさんだ南側のAb区の掘削も進めていきます。

寄島遺跡