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2006年09月01日
埋文展 近世のムラ
○調査課 永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の展示から、「ムラとやきものの移り変わり」にあわせて作成しましたイラストを、6回シリーズで紹介します。今回は最終回です。

<<近世のムラ>>
上中・西屋敷遺跡(稲沢市)の発掘調査成果などを基に想定復原しました。
中世前期には屋敷地同士は密集せず、比較的ゆるやかに立地していしたが、中世後期に集村化現象が進み、近世・江戸時代には現在みられる伝統的なムラと同じ場所に、同様な形態のムラが成立しました。ただし一般的には、現在みられる伝統的なムラの景観は東西日本で異なります。関東地方や中部地方では各屋敷は屋敷林・生け垣で囲まれ、屋敷地内には母屋のほかに作業用の建築ないし空間を設け井戸を掘り、さらに屋敷神をまつるなどしています。これに対し近畿地方では家屋の周囲に壁や生け垣はなく、家々は密集して建ち並び、個々の屋敷では作業用の広い空間や屋敷神は存在しないことがおおいです。こうしたムラの景観の違いは、その運営組織に地域差があるなどムラのあり方の違いを反映しているようで、現在から将来の私たちの暮らしや地域社会を考える際に、手がかりの一つとなると思われます。
コメント
専門用語(文字)でなく図による遺跡の想定復元は、私には全体像が良く理解できます。
特に4回目の門間沼遺跡の復元図は大規模の治水灌漑工事の跡が良く分かります。遺構の実測図では復元図のように理解できません。
私も瑞穂台地から眺めた富士見の里ー下前津遺跡ーを描いてみたいと考えたことがあります。
投稿者 和田英雄 : 2006年09月02日 17:46

寄島遺跡