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2006年08月21日
埋文展 縄文のムラ
○調査課永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の展示から、「ムラとやきものの移り変わり」にあわせて作成しましたイラストを6回シリーズで紹介します。イラストは春夏秋冬を取り入れて考証しました。

<<縄文時代のムラ>>
平成8年から13年にかけて行われた権現山遺跡(岩倉市)の発掘調査成果を基に想定復原しました。
旧石器時代の愛知県では、駒場遺跡(豊川市)で石器が集中して出土する遺構がみられるほか、石器が散発的に出土する遺跡が分布する程度で、人びとの暮らしの痕跡は明らかではありませんでした。居住用の建物がまとまってみられるようになるのは、縄文時代に入ってからのことです。
縄文時代の成立期には温暖化によって海水面が上り、東海地方では前期前半には大垣付近まで伊勢湾が入り込んでいました。そのため、縄文時代のムラは当時の台地・丘陵部から山間部や海岸部につくられていました。縄文後期には海退が始まり、現在の尾張平野部にもムラがつくられるようになりました。
縄文時代のムラでは、主に地面を掘り込んでつくった竪穴住居が住居として用いられました。ムラの広場を囲んで住居が数棟建ち並び、墓や貯蔵用の土坑が近くに設けられていました。

寄島遺跡