2008年04月01日
本日よりリニューアル
本日よりホームページを下記のアドレスに変更いたしました。
これまで以上に、たくさんの情報を発信してゆきたいと思います。
よろしくお願いします。
あたらしいアドレスは次の通りです。
ブックマークなどの変更をお願いします。
ぜひ、一度お立ち寄りください。
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2008年03月12日
寄島遺跡 地元説明会資料のPDF
先日の寄島遺跡の地元説明会では、たくさんの方々にご参加いただきました。
ありがとうございます。
当日の配布資料のPDFを作成しましたので、お知らせします。
右のメニュー「ダウンロード」の「現地説明会資料」より入手できます。
ぜひ,ご活用ください。
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2008年02月29日
寄島遺跡 調査速報 その2
調査課の岡久です。
安城市小川町に所在する寄島(よせじま)遺跡の発掘調査速報の2回目です。今回は、ほぼ掘削の終了した最北部のA区と、現在掘削中の最南部のC区の現在までの状況を紹介いたします。
なお、寄島遺跡では3月8日(土)に地元説明会を予定しております。
詳細は こちら をご覧ください。
A区・C区ともに、B区と同様に古代以降と考えられる面を1面目としましたが、明瞭な遺構はほとんど検出されませんでした。とくにC区では平安時代の灰釉陶器などが多く出土しましたが、それを伴う遺構は確認できませんでした。その後、A区では包含層を15cmほど掘り下げた面を2面目として検出を行い、B区と同様に古墳時代初期から古墳時代前期と考えられる多くの竪穴住居跡や、時期不明の縦横に走る多数の溝や土坑などの遺構群を確認しました。A区においてもB区で確認された「幅の広い周溝を持つ住居」跡がいくつか確認されました。

▲A区2面全体(北から)
A区には、中央東側から北西部にかけて包含層がさらに厚く堆積している箇所があり、この地域の下位を3面目としました。3面目でも縦横の溝や多数の土坑と明瞭な竪穴住居跡を確認しました。ただし、3面目の遺構についても2面目の遺構と時期的には同時期かやや先行する程度と考えられます。
これまでの調査から、A・B両地区の地域は弥生時代末期から古墳時代前期頃までは集落域であったと言うことができると考えられます。ただし、出土遺物の形式の変化と出土区域を考え合わせると、その集落域は一定ではなかったと考えられます。

▲A区3面1545SB遺物床面出土状況(西から)
集落域と考えられるA・B区に対して、最南部のC区はそれまでとは様相が全く異なりました。竪穴住居跡と考えられる遺構が北部でわずかに確認された以外は北西-南東方向に平行する多数の溝が検出されました。そして特徴的なのは、それらの遺構より上位で明瞭な形の方形周溝墓が2つ確認されたされたことです。つまり、この区域は墓域と考えられます。

▲C区北部方形周溝墓検出状況
さらに、C区の最南部には幅が11mもあってほぼ直角に屈曲する大溝が確認されました。この大溝の性格は今のところ不明です。

▲C区最南部大溝検出状況(北東から)
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2008年02月18日
桑下城跡 現地説明会資料
先日の桑下城跡の現地説明会では、たくさんの方々にご参加いただきました。
ありがとうございます。
当日の配布資料のPDFを作成しましたので、お知らせします。
右のメニュー「ダウンロード」の「現地説明会資料」より入手できます。
ぜひ,ご活用ください。
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2008年02月06日
桑下城跡 現地説明会のお知らせ
○調査課の小澤です。
愛知県埋蔵文化財センターでは、一般国道363号道路改良工事に伴う桑下城跡の発掘調査を、平成19年9月から平成20年3月の予定で実施しています。
調査では、さまざまな興味深い遺物・遺構が見つかっており、今回、出土遺物の展示公開と遺跡の現地説明会を下記により開催することとしました。
日時:平成20年2月16日(土) 午前10時30分と午後1時30分(いずれも1時間程度)
場所:瀬戸市上品野町地内 桑下城跡発掘調査現場
内容:和鏡始め出土遺物の展示、発掘調査で発見された遺構の説明と見学
*堀の中から発見された室町時代の和鏡は、遺跡から出土したものとしては、全国的にも例を見ないほど良好な保存状態を保っています。

詳しくはこちらをごらんください。
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2007年11月13日
あいち埋文ワークショップのおしらせ
愛知芸術文化センターにて、「あいち埋文ワークショップ」を開催します。
最新の発掘情報をもとに、愛知県の弥生文化を映像と音楽を交えてご紹介します。
また出土した土器に直接ふれ、感じていただき、ペーパークラフト作りができます。

●日時
平成19 年12 月1 日(土曜日) 午前10 時~12 時・午後1 時~3時(1 日2 回開催予定)
*平成19 年11 月29 日(木)・11 月30 日(金):午前10 時~午後7 時
会場にてパネル等をご覧いただけます。
●内容
1 プレゼンテーション 『あいちの弥生文化 朝日遺跡バージョン』
2 ペパクラたいむ 『壷のペーパークラフト』
・その他最近の発掘情報パネルの展示
・出土遺物の展示(12 月1 日(土)ワークショップ時のみ)
●場所
愛知県芸術文化センター地下2階「アートプラザ・ビデオルーム」
*参加は申し込み不要です。(参加者が多数の場合は時間調整をいたします。)
クラフト用品や道具は、当方でご用意いたしますので、ご気楽に参加してください。
どなたでもご参加いただけます。(子供さんの参加、親子での参加もできます。)
またプレゼンテーションのみ、クラフトのみの参加も可能です。
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2007年11月07日
塔の越遺跡 現地説明会のお知らせ
○調査課の石黒です。
このたび、愛知県埋蔵文化財センターでは、稲沢市長野・次郎丸地内において、都市計画道路稲沢西春線建設に伴う塔の越(および長野北浦)遺跡の発掘調査成果の現地説明会を行いますので、お知らせします。
日時 :平成19年11月10日(土) 午後2時から(1時間程度)
場所:稲沢市長野3丁目 塔の越遺跡発掘調査現場
内容:発掘調査で見つかった遺構の説明と見学、出土遺物の展示
塔の越遺跡は濃尾平野のほぼ中央に位置し、大江川(旧・三宅川)をはさんで、尾張国府推定地の東に接しています。
今回の調査では、尾張国府に先行する7世紀後半(飛鳥時代後期)の掘立柱建物を中心とする建物群を検出しました。中でも一辺が1mを超える方形の柱穴が並ぶ柱列が見つかったことは、尾張国府成立の前段階を考える上で重要な手掛かりと言えます。
また、塔の越遺跡から東に接する長野北浦遺跡にかけては4世紀前半(古墳時代前期)に属す一辺25mの大型方墳も見つかっており、この地区が国府成立以前から尾張の中心地の一つであったことをうかがわせます。
詳しくはこちらをごらんください。
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2007年09月25日
愛知県埋蔵文化財センタ−・中日文化センター共同企画
このたび共同企画として,考古学講座を開設いたしました。
「愛知県 弥生文化発掘物語」 新しい弥生文化に触れる
開講日 10月第三水曜日 午前10時〜12時
場所 名古屋栄 中日文化センター
<内容>
愛知県内には,数多くの優れた弥生遺跡が存在します。
愛知県埋蔵文化財センタ−では,
県内各地で遺跡の発掘調査を実施してまいりました。
その中で,特に興味深い調査成果が得られました,
複数の遺跡をご紹介しながら,
時空を超えて皆さんと遙か古代の旅に出てみたいと思います。
伊勢湾の恵みと伴に,風土と景観を保ちながら独特の文化を築き上げてきた,
愛知の弥生人に出会ってみましょう。
<カリキュラム>
第1回(10/17)「洪水との戦い・弥生輪中のムラ 一宮市猫島遺跡」 赤塚次郎
第2回(11/21)「巨大な大型建物がある風景 稲沢市一色青海遺跡」 樋上昇
第3回(12/19)「愛知の銅鐸が語る 地の神への祈り」 宮腰健司
第4回(1/16)「矢作川流域巨大遺跡群とは 安城市下懸遺跡」 池本正明
第5回(2/20)「東日本最大規模の弥生都市 清須市他朝日遺跡」 永井宏幸
第6回(3/19)「東海としての弥生社会とは 縄文と弥生が出会う場所」石黒立人
問合せは中日文化センター まで。
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2007年09月21日
埋蔵文化財展の内容 その7
○調査課の宮腰です。
9月8日(土)〜9月24 日(月、振替休日)にかけて行われる、平成19 年度埋蔵文化財展「戦の考古学—豊明の城—」の内容紹介の4回目です。
今回は「戦をめぐる考古遺物」を紹介します。展示会を開いている豊明市はみなさんご存知のとおり、織田信長と今川義元の戦い「桶狭間の戦い」があった場所です。発掘調査でも「桶狭間の戦い」が行われた戦国時代をはじめ、弥生時代から古墳時代、昭和時代前半の遺跡で戦いに関係した遺物や遺構が見つかっています。
展示では、環濠・逆茂木・乱杭列などの防御施設が出土している朝日遺跡の弥生時代の木製戈や石製短剣や、古墳時代の下山古墳の太刀・鉄鏃、清洲城下町遺跡で出土した戦国時代の鎧の部品や鉄砲玉、さらに名古屋城三の丸遺跡で見つかった昭和時代前半の陸軍関連の遺物などを紹介しています。

▲名古屋城三の丸遺跡の鉄兜

▲名古屋城三の丸遺跡の鉄砲玉

▲朝日遺跡の鎧
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御山寺遺跡 地元説明会資料PDF
先日行われました岩倉市の御山寺遺跡の地元説明会。
たくさんの方々に、ご参加いただきました。
ありがとうございます。
当日の資料をPDFで公開します。こちら からダウンロードできます。
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2007年09月13日
埋蔵文化財展の内容 その6
○調査課の鈴木です。
9月8日(土)〜9月24日(月、振替休日)にかけて行われている、平成19年度埋蔵文化財展「戦の考古学—豊明の城—」の内容紹介の3回目です。
今回はメインテーマの一つである「豊明の城」についてです。豊明市に所在する中世の城には、沓掛(くつかけ)城と大脇(おおわき)城があります。両方とも城跡の一部が発掘調査されており、城の構造や生活の状況などの具体的な様子が分かってきています。展示では、沓掛城遺跡と大脇城遺跡の調査で出土したさまざまな遺物を並べています。

▲沓掛城遺跡の池の発掘調査状況
沓掛城遺跡では本丸の部分が発掘調査され、堀と土塁で囲まれた本丸には建物跡、井戸や庭園に伴う池などがあることが分かりました。そこからは天目茶碗や土師器皿、折敷(おしき:お膳の板)や木札などが出土していて、本丸で武家儀礼に伴う饗宴(きょうえん:宴会)が行われていたのではないかと想像されます。

▲沓掛城遺跡出土の木札
大脇城遺跡では居館とその周辺の部分が発掘調査され、堀や溝で囲まれた居館や屋敷などが見つかっています。井戸からは常滑の壷と鉢が完全な形で出土していますし、この他にも土師器内耳鍋や刃物、鍛冶作業に伴う廃棄物などが発見されています。

▲大脇城遺跡出土の焼物

▲大脇城遺跡出土の鍛冶作業に伴う廃棄物
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2007年09月07日
埋蔵文化財展の内容 その5
○調査課の宮腰です。
9月8日(土)〜9月24 日(月、振替休日)にかけて行われる、平成19 年度埋蔵文化財展「戦の考古学—豊明の城—」の内容紹介の2回目です。
今回は「豊明市所蔵出土品」についてです。豊明市の遺跡というと、桶狭間の合戦に代表される桶狭間や沓掛城など中世・戦国の遺跡が有名です。さらにこれ以外にも、旧石器時代のナイフ形石器が出土している勅使池遺跡や古墳時代の集落若王子遺跡、奈良時代の瓦が出土した上高根行者堂遺跡、山新田古窯跡・九左山古窯跡・大蔵池古窯跡などの古墳時代から室町時代にかけての窯跡など、市内には多くの遺跡があります。展示ではこれらの遺跡から見つかった遺物を並べていますが、特に九左山古窯跡から出土した透かし穴・線刻花文のある香炉の蓋や、花文が筆書きされた碗は注目です。

▲若王子遺跡

▲山新田古窯跡

▲九左山古窯跡
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2007年09月05日
埋蔵文化財展の内容 その4
○調査課の宮腰です。
平成19年度愛知県埋蔵文化財センター「埋蔵文化財展」の関連事業の「戦の跡を歩こう」の募集締め切りを延長します。
9月16日(日)の 第1回「清須城から那古野城へ」 は、締め切りが9月12日(水)までとなります。
9月23日(日)の 第2回「沓掛城から桶狭間へ」 は締め切りが9月19日(水)までとなります。
募集期間を延ばしますので、奮ってご応募ください。
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東中田A古窯 地元説明会のおしらせ
○調査課の岡久です。
当センターでは、現在、豊橋市の南東部、東細谷町の国道23号線建設予定地内にある東中田A古窯の発掘調査を行っています。
この古窯は7世紀中頃から8世紀初め頃の須恵器を焼いた窯で、付近には同じ頃の窯跡が数多くあります。今回の調査では、調査区の東側に窯体の一部と、工房と考えられる竪穴住居跡などの窯の操業に関連する施設がいくつか確認されています。調査区の西側には、反対側の尾根に存在した別の窯に伴うと考えられる灰原(灰や不良品などを捨てた場所)が広範囲に広がっている様子も確認されました。また、これらの窯で焼成されたと考えられる須恵器を中心とした多くの遺物が出土しています。
こうした調査の成果につきまして、東中田A古窯の地元説明会を9月15日(土)午前10:00より行います。
この機会に是非ご覧下さい。尚、雨天でも資料配布と遺物閲覧は行います。
詳しくはこちらをごらんください。

▲窯跡

▲工房跡の掘削

▲出土遺物
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2007年08月31日
埋蔵文化財展の内容 その3
◆戦の跡を歩こう=第2回=
○調査課の鈴木正貴です。
平成19年度埋蔵文化財展「戦の考古学—豊明の城—」では、戦国時代の中でもよく知られる城や場所をウォーキングする「戦の跡を歩こう」を2回にわたって企画しています。
今日は、その第2回目の「沓掛城から桶狭間へ」のコースの概要を紹介します。
まず、最初は展示会場である豊明市南部公民館前からスタートします。豊明市南部公民館前に9月23日(日)9:00に集合し、沓掛城に向かって歩いていきます。

▲集合場所:豊明市南部公民館前
沓掛城遺跡では、豊明市教育委員会により本丸などが復元•整備されていて、土塁や堀、井戸などの様子を見ることができます。ここで発掘調査成果を中心に解説します。

▲沓掛城本丸の様子
次に沓掛城を後にして、桶狭間に向かいます。国史跡に指定されている「戦人塚」で休憩をはさむ予定です。

▲桶狭間古戦場跡
終点は桶狭間古戦場跡です。ここで桶狭間の戦いについて若干の説明をいたします。解散時間は12:30頃を予定しています。
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◆「戦の跡を歩こう」に参加するために
参加には事前の申し込みが必要です。参加希望者は下記の要領で申し込んで下さい。
なお、全行程で8〜9km程度の距離を歩きますので、参加者は中学生以上とさせていただきます。
◎参加費:100円(レクリエーション保険料)
●申込締め切り
9月19日(水)応募者多数の場合は抽選を行います。
●申込方法
・参加者全員の氏名・年齢・郵便番号・住所・電話番号・参加希望日程を記入の上「戦の跡を歩こう」係まで、インターネット・ファックス・往復はがきでお申し込み下さい。
●申込先
愛知県埋蔵文化財センター
〒498-0017 愛知県弥富市前ケ須町野方802-24
TEL 0567-67-4163 FAX 0567-67-3054
アドレス:doki@maibun.com
●後日、抽選結果をお知らせします。
その際に集合場所の詳細や注意事項などをご案内いたします。
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2007年08月29日
埋蔵文化財展の内容 その2
◆戦の跡を歩こう=第1回=
○調査課の鈴木正貴です。
平成19年度埋蔵文化財展「戦の考古学—豊明の城—」では、戦国時代の中でもよく知られる城や場所をウォーキングする「戦の跡を歩こう」を2回にわたって企画しています。
今日は、その第1回目の「清須城から那古野城へ」のコースの概要を紹介します。
まず、最初は清須城本丸からスタートします。清洲公園の北端にある「ふるさとの館」前に9月16日(日)9:00に集合し、はじめに清須城本丸東端部で出土しその後移築復元された石垣を見ます。

▲集合場所:「清洲ふるさとのやかた」前

▲移築された清須城本丸石垣
そして、五条川を渡り、居館推定地や武家屋敷、中堀や町屋推定地を見ながら南下します。清洲丸の内郵便局付近で清須城外堀の虎口跡(防御された出入り口)を見学します。

▲清須城外堀の虎口跡
ここから先の清須城外は、江戸時代の美濃街道を進み、休憩をはさみながら名古屋城へ向かいます。

▲ 美濃街道から見える名古屋城の石垣
終点は名古屋城本丸の入り口付近で、そこで戦国時代の那古野城の説明をいたします。解散時間は12:30頃を予定しています。
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◆「戦の跡を歩こう」に参加するために
参加には事前の申し込みが必要です。参加希望者は下記の要領で申し込んで下さい。
なお、全行程で8〜9km程度の距離を歩きますので、参加者は中学生以上とさせていただきます。
◎参加費:100円(レクリエーション保険料)
●申込締め切り
9月12日(水)応募者多数の場合は抽選を行います。
●申込方法
・参加者全員の氏名・年齢・郵便番号・住所・電話番号・参加希望日程を記入の上「戦の跡を歩こう」係まで、インターネット・ファックス・往復はがきでお申し込み下さい。
●申込先
愛知県埋蔵文化財センター
〒498-0017 愛知県弥富市前ケ須町野方802-24
TEL 0567-67-4163 FAX 0567-67-3054
アドレス:doki@maibun.com
●後日、抽選結果をお知らせします。
その際に集合場所の詳細や注意事項などをご案内いたします。
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2007年08月27日
埋蔵文化財展の内容 その1
○調査課の宮腰健司です。
9月8日(土)〜9月24日(月、振替休日)にかけて行われる、平成19年度埋蔵文化財展「戦の考古学—豊明の城—」の内容について、これから紹介していきたいと思います。
最初は「平成18年度新出土品」についてです。
今回の展示では昨年度発掘された13遺跡の出土品が展示されますが、その中でも朝日遺跡や姫下遺跡・西浦遺跡の弥生時代から古墳時代にかけての遺物が注目です。

朝日遺跡の筒形容器は平成17年度に出土したものですが、今回初めて展示します。鹿の絵が描かれているのがわかりますか?。会場で探してみましょう。

一方姫下遺跡には人の顔が描かれた土器があります。目を合わせるとちょっと怖いかもしれません。

また西浦遺跡の県内4例目となる銅鐸の舌も見ることができます。
その他、瀬戸市や三好町の中世の窯跡から出土した土器や、地元薬師ケ根遺跡の遺物も展示されます。
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2007年08月22日
御山寺遺跡 地元説明会のおしらせ
○調査課 石黒です。
当センターでは平成16年度から、県道一宮・春日井線整備事業に伴い、御山寺遺跡の発掘調査を実施しております。本年度は、5月から来年2月までの予定で、御山寺遺跡東部地区(07A区〜07F区)の発掘調査を進めております。
このうち07D区について、地元説明会を下記のように開催いたしますので、この機会に是非ご覧下さるよう、お願い申し上げます。
開催日時 :2007年9月1日(土) 午前11時〜正午まで
開催場所 :岩倉市鈴井町 県道予定地内
<<ご注意 >>
1 会場には駐車場はございません。
2 足下が悪いので、汚れてもかまわない服装でお願いします。
3 雨天でも、資料配布と遺物閲覧は行います。
詳しくは、こちら をご覧ください。

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2007年08月10日
2007年度 埋蔵文化財展

戦いの歴史は人類が生まれるとともに始まったともいえますが、集団で戦う本格的な「戦争」が行われたのは弥生時代からとされ、これまでの発掘調査では堀や柵、武器など戦いに関係するものが見つかっています。
本展示では弥生時代から近代までの「戦」に関わる考古遺物を展示するとともに、わが国が戦乱の時代であった戦国時代の豊明に所在する沓掛城、大脇城の資料を展示いたします。また同時に、豊明市所蔵の考古資料ならびに愛知県埋蔵文化財センターが調査した平成18年度の遺跡の紹介も行います。
開催期間 :2007年9月8日(土)〜 2007年 9 月24日(月,振替休日)
月曜日休館(月曜日が祝祭日の場合はその翌日)
開催場所 :豊明市南部公民館 大会議室 (入場無料)
豊明南部公民館は駐車場がありません。公共交通機関をご利用下さい。
詳しくは、こちら をご覧ください。
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2007年08月03日
まいぶん愛知展特集陳列no.5【新出土品展'06】
●調査課永井宏幸です。
「まいぶん愛知展特集陳列no.5【新出土品展'06】」がオープンしました。是非ご来場ください。
場所:愛知県陶磁資料館2階常設展第6展示室
開催期間:平成19年7月31日(火)から平成20年6月29日(日)の予定
月曜日・年末年始休館
開館時間:午前9時30分から午後4時30分
料金:一般400円・高大生300円・中学生以下無料
http://www.pref.aichi.jp/touji/
今回の見どころ
平成18年度に刊行した報告書のなかから、138集朝日遺跡(清須市)、145集上橋下遺跡(安城市)、152集夏敷古窯跡(常滑市)の3遺跡を紹介します。

写真1(朝日遺跡)はこの地域オリジナルデザインの高杯(左)と山陰地域のデザインを取り入れた高杯(右)。

写真2(上橋下遺跡)は尾張地域のデザインを真似した高杯(右)と尾張地域から運ばれた高杯(左)。
それぞれ横に並べて展示しました。考古学の基本は比較すること。似ている所、違う所、見比べてください。
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2007年05月07日
遺跡アルバム 10,477点公開!
●情報センターです。
4月18日に、7,000点で公開を始めた「遺跡アルバム」ですが、
本日の作業で、公開点数が1万点を超えました。
公開作業は、過去の報告書から順に進めています。
現在、第113集『 東端城跡・御船城跡・矢並下本城跡』までの
報告書に掲載されました,記録写真を中心に実施しております。
今後もどんどん公開してゆきたいと考えております。!
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2007年04月18日
遺跡アルバムがリニューアル
●情報センター 堀木です。
現在、報告書に掲載した写真の一部を、「遺跡アルバム」において公開しています。
今回のリニューアルでは、検索ページがつきました。
遺跡名(ひらがなでも大丈夫です!)や思いつく言葉で写真が検索できます。
また「遺跡の位置」とも連動できました。

現在の写真総数約7000点です。
今後、少しずつ掲載写真を増やしてゆきます。
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2007年04月12日
銅鐸の石製舌 西浦遺跡
●調査課の鈴木です。
この3月まで調査を行っていました豊橋市西浦遺跡で、「銅鐸の石製舌」が出土しましたので、これを紹介します。
【概要】
「舌(ぜつ)」とは、銅鐸の中につり下げて揺り動かして音をだすのに用いられるものです。青銅製や石製のものなどがありますが、今回出土したものは石製の舌です。
西浦遺跡から出土した石製舌は、棒状の溶結凝灰岩を使用しており、完全な形で残っていました。現存長約8.0cm、最大幅約1.5cm、重量約27.1gを測ります。全体の形状は、下端部は横断面が隅丸方形を呈し、上部に行くに従い扁平となり、頭部は表裏両面を平坦にして、その結果横断面で隅丸長方形となっています。下端部を丸く仕上げ、上部には両側より径4mm程度の穿孔が施されています。表面はきれいに磨かれて精巧に作られており、使用された痕跡もほとんど見られません。頭部の孔に紐をかけて銅鐸内部に吊したと考えられています。

【出土状況】
石製舌は、平成18年度に発掘調査された西浦遺跡E区で検出された古墳時代後期の竪穴住居跡2745SBが埋まった土の中から見つかっています。銅鐸の舌そのものは、古墳時代後期よりもっと古い時期(弥生時代)に製作・使用されたものと思われます。西浦遺跡は、弥生時代中期から古墳時代前期にかけての集落が広がっていたことが判明しており、何らかの事情で古い遺構や包含層に埋もれていたものが、古墳時代後期の2745SBに紛れ込んだのかも知れません。
【類例】
銅鐸の舌は、これまでに全国で約40例が確認されていますが、愛知県では朝日遺跡(清須市:弥生時代後期)、八王子遺跡(一宮市:弥生時代中期)、川原遺跡(豊田市:弥生時代中期)の3遺跡で各1点ずつ出土しており、本例で4例目となります。

服部信博さんの研究によると、銅鐸の石製舌は、銅鐸につるす方法から、頭部を穿孔したもの(Ⅰ)、頭部に溝を持つもの(Ⅱ)、特別な加工を加えず自然石を利用したもの(Ⅲ)の3類に分けられています。本例は頭部の表裏両面を平坦にして穿孔したⅠbに属しており、このタイプは三重県で3例、静岡県で2例、山陰地方で2例が確認されているだけで、愛知県でははじめての発見です。
今回出土した銅鐸の舌は、出土状態から時期を特定することはできませんでしたが、全国的にも珍しく貴重な資料といえましょう。
【参考文献】服部信博(2002)銅鐸に伴う「舌」について 愛知県埋蔵文化財センター 研究紀要 第3号.49-56p.
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2007年03月28日
人面文土器 姫下遺跡
●調査課の宮腰です。
2月まで調査を行っていました安城市姫下遺跡で「人面文土器」が出土しました。
今回紹介する「人面文土器」は、古墳時代前期〜中期の河川跡の岸に多量に廃棄された土器群の中から見つかっています。人面が描かれている土器は、横10.3cm・縦3.5cmを測る古墳時代初〜前期の壷の体部片で、ヘラのようなものでレンズ状の目と弧状・放射状の線が描かれています。目から延びる線は「入れ墨」と推定されているものです。

▲人面文土器(四角は安城市亀塚遺跡出土の人面文土器実測図)
このようなレンズ状の目と弧状・放射状の線、それに出土した資料では欠損していますが、口とその周囲の直線といった共通する特徴をもつ絵画表現は、弥生時代後期から古墳時代前期に九州から関東にかけてみることができます。その中でも伊勢湾地方は人面文土器が多く出土する地域で、特に大きな集落が想定される大垣市周辺や清須市周辺、それに安城市の鹿乗川流域でまとまって出土しており、当時の中心的な集落で用いられていた土器と考えられています。

▲出土位置
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2007年02月02日
姫下遺跡 地元説明会開催のおしらせ
●調査課の宮腰です。
これまで調査速報などでお伝えしてきました、安城市姫小川町・東町に所在する姫下遺跡の地元説明会を2月17日(土)に開催します。当日は午前11時と午後1時の2回調査員による説明を行います。調査現場では平安時代から鎌倉時代の住居跡や古墳時代の廃棄土坑や河川跡をご覧いただけます。

詳細は こちら
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2007年01月05日
西浦遺跡 地元説明会 開催のおしらせ
●調査課の宮腰です。
これまで調査速報などでお伝えしてきました、豊橋市石巻町に所在する西浦遺跡の地元説明会を1月20日(土)午前11時から行います。当日は弥生時代後期から平安時代の住居跡や出土遺物をご覧いただけます。

詳細は こちら
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2006年12月22日
報告書・年報・紀要リンク
○情報センターの赤塚です。
当センターが実施してまいりました発掘調査。
報告書・年報・紀要が簡単に検索できるようになりました。
「調査の位置」から検索できます。
検索した遺跡に関係する刊行物を一覧表示します。
さらに詳細画面から、年報・紀要のPDFをダウンロードできます。
ぜひ、一度アクセスしてください。
トップページのサイドメニューから
「遺跡の位置」

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2006年12月11日
遺跡位置図
○情報センターの赤塚です。
当センターが実施してまいりました発掘調査。
その報告書が刊行されている情報について
簡単に検索できる仕組みを考えてみました。
ぜひ、一度アクセスしてください。
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「遺跡の位置」

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2006年10月13日
まいぶん愛知展
●調査課永井宏幸です。
先日、予告しました「まいぶん愛知展特集陳列no.4【パレススタイル土器と円窓付土器】」がオープンしました。是非ご来場ください。

場所:愛知県陶磁資料館2階常設展第6展示室
開催期間:平成18年10月11日(水)から平成19年7月1日(日)の予定
月曜日・年末年始休館
開館時間:午前9時30分から午後4時30分
料金:一般400円・高大生300円・中学生以下無料
http://www.pref.aichi.jp/touji/
今回の見どころ
9月まで開催していました企画展のうち「パレス土器の大広間」と「朝日ブランド・円窓付土器(まるまどつきどき)」をダイジェスト版として紹介します。
いろいろな紋様を描く「パレススタイル土器」とよく似ているようでそれぞれ個性的な「円窓付土器」をじっくりと見てください。
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2006年10月06日
創立20周年記念企画展、無事終了
○調査課の永井宏幸です。
3ヶ月間にわたる企画展も、7千人を超える来館者の方々に支えられ、無事終了いたしました。
最後を飾るシンポジュウム「もの作りからみた東海弥生社会の特質」は180名の参加者を迎え、盛況のうちに閉会することができました。
時間を超過する午前中の事例報告、午後の3時間におよぶ討論は、専門的な用語を多用したお聞き苦しいシンポジュウムだったかもしれません。
熱心に耳を傾けてくださった参加者の皆様に感謝しています。次回、30周年の企画があれば、もっと深化した朝日遺跡像をお話する機会を持ちたいと思います。

企画展で好評でした「パレスの大広間」と「円窓付土器」を引き続き陶磁資料館で展示する予定です。
10月10日(火)から陶磁資料館2階「埋蔵文化財センター展示コーナー」にて展示します。またのご来館、お待ちしています。
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2006年09月15日
埋文展 青銅器工房
○調査課の永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の企画展から、「朝日遺跡のハンディクラフト」で作成したイラストを4回にわたって紹介します。

<<青銅器工房>>
朝日遺跡では弥生中期初めの石製銅鐸鋳型が見つかっています。近い将来に鋳造工房も見つかることでしょう。弥生後期には銅滴も出土していますので鋳造を行っていたことは確実です。特に「三遠式」とよばれるこの地域に分布する銅鐸は、朝日遺跡で製作された可能性があります。
朝日遺跡では巴型銅器・筒型銅製品・銅鏃など各種の青銅器も出土しています。
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2006年09月14日
埋文展 玉作工房
○調査課の永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の企画展から、「朝日遺跡のハンディクラフト」で作成したイラストを4回にわたって紹介します。

<<玉作工房>>
朝日遺跡では弥生中期初めの玉作工房が複数見つかっています。同時にいくつの工房が操業していたかはわかりませんが、少人数で時間をかけて勾玉や管玉を作っていたようです。勾玉原石の翡翠は新潟県の糸魚川下流域産、原石を切り離す道具の施溝具の紅簾石片岩は紀伊半島産のものです。玉原石だけでなく道具も遠方から運ばれています。おそらく、玉作工人も遠方から招かれた人たちなのでしょう。この玉作りを掌握していたのが大型方形周溝墓の被葬者でしょうか。
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2006年09月12日
埋文展 製陶工房
○調査課の永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の企画展から、「朝日遺跡のハンディクラフト」で作成したイラストを4回にわたって紹介します。

<<製陶工房>>
朝日遺跡では弥生中期に黒い土器が、弥生後期に赤い土器が好んでつくられました。黒い土器・赤い土器の典型はそれぞれ「貝田町式」・「山中式」と呼ばれています。
イラストの土器は弥生後期の赤い土器を製作している様子です。この赤い土器は、古代ギリシアのクノッソス宮殿出土の宮廷式(Palace Style)になぞらえて、「パレススタイル土器」とも呼 ばれています。
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2006年09月07日
埋文展 木器工房
○調査課の永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の企画展から、「朝日遺跡のハンディクラフト」で作成したイラストを4回にわたって紹介します。

<<木器工房>>
弥生時代の木器には、鋤・鍬などの農具、高杯や鉢などの容器、機織具、田舟・丸木舟などの運搬具があります。
農具は不可欠な道具なので特別な工房で作られることはありませんでしたが、飾り付けた容器や把手をもつ容器など珍しい品々は特別な工房で製作されたのでしょう。
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2006年09月04日
埋文展 体験プログラム3
●調査課永井宏幸です。
8月27日〔日)、体験プログラム第3弾、「石器と骨角器の製作」を開催しました。
今回は鹿の角を使って、魚などを捕る道具「銛(もり)」を作りました。


まず、銛の作り方を説明。

次に、銛の先端をこすって尖らせます。

黒曜石で作った刃物を使って、細かな細工。

ほぼ完成かな。
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2006年09月01日
埋文展 近世のムラ
○調査課 永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の展示から、「ムラとやきものの移り変わり」にあわせて作成しましたイラストを、6回シリーズで紹介します。今回は最終回です。

<<近世のムラ>>
上中・西屋敷遺跡(稲沢市)の発掘調査成果などを基に想定復原しました。
中世前期には屋敷地同士は密集せず、比較的ゆるやかに立地していしたが、中世後期に集村化現象が進み、近世・江戸時代には現在みられる伝統的なムラと同じ場所に、同様な形態のムラが成立しました。ただし一般的には、現在みられる伝統的なムラの景観は東西日本で異なります。関東地方や中部地方では各屋敷は屋敷林・生け垣で囲まれ、屋敷地内には母屋のほかに作業用の建築ないし空間を設け井戸を掘り、さらに屋敷神をまつるなどしています。これに対し近畿地方では家屋の周囲に壁や生け垣はなく、家々は密集して建ち並び、個々の屋敷では作業用の広い空間や屋敷神は存在しないことがおおいです。こうしたムラの景観の違いは、その運営組織に地域差があるなどムラのあり方の違いを反映しているようで、現在から将来の私たちの暮らしや地域社会を考える際に、手がかりの一つとなると思われます。
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2006年08月31日
埋文展 中世のムラ
○調査課 永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の展示から、「ムラとやきものの移り変わり」にあわせて作成しましたイラストを、6回シリーズで紹介します。今回は5回目です。

<<中世のムラ>>
土田遺跡(清須市)と阿弥陀寺遺跡(甚目寺町)の発掘調査成果を基に想定復原しました。
古代律令制では、「条里制」と呼ばれる土地制度が規定されました。これは、1町(約109m)の格子状地割を設定し、個々の区画を「*条*里*坪」と呼ぶ土地制度です。条里制に基づく土地区画-条里制地割は、奈良時代の班田収授法や平安時代の荘園制の土地開発などを通じて施工され、中世には条里制地割に規制された道路、耕地と屋敷地がひろくみられるようになりました。屋敷地は小規模な溝で区画され、屋敷地内には条里制地割と方角を揃えた掘立柱数棟(3~4棟)が建ち並び、個々の屋敷には井戸が設けられています。
中世前期には本イラストのように、屋敷地同士は密集せず、比較的ゆるやかに立地しています。
中世後期になると屋敷地同士が密集して設けられる集村化現象が進み、近世・近現代の伝統的なムラの形態が成立します。
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2006年08月30日
埋文展 古代のムラ
○調査課 永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の展示から、「ムラとやきものの移り変わり」にあわせて作成しましたイラストを、6回シリーズで紹介します。今回は4回目です。

<<古代のムラ>>
門間沼遺跡(一宮市)の発掘調査成果を基に想定復原しました。
6世紀末から7世紀初にかけて中国に統一王朝隋・唐が相次いで成立すると、これに影響を受けて近隣諸国では国家機構を整備して国家形成が図られました。日本各地では古墳時代以来の豪族の集団関係を超える強い国家権力によって、大規模な治水・灌漑工事を伴う土地開発が行われるようになりました。
縄文時代から古墳時代にかけて、日本列島では一般的に住居には竪穴住居が用いられてきましたが、古代(律令期)になると地面に長い柱を立て、高い壁を建てた掘立柱建物が用いられるようになります。ただしその普及には地域差があり、畿内をはじめ西日本では奈良時代までに竪穴住居から掘立柱建物へと移行しますが、愛知県では平安時代に、関東地方ではさらに遅れて普及するようです。また、古墳時代中期(5世紀)に朝鮮半島から須恵器生産技術などとともに竈が伝わり、住居や食事などの生活文化は大きな影響を受けました。
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2006年08月28日
埋文展 古墳のムラ
○調査課 永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の展示から、「ムラとやきものの移り変わり」にあわせて作成しましたイラストを、6回シリーズで紹介します。今回は3回目です。

<<古墳時代のムラ>>
廻間遺跡(清須市)の発掘調査成果を基に想定復原しました。
弥生時代には地域において拠点的な位置を占める大規模な集落があり、拠点集落の周囲には小規模な村が点在しており、それらは水系などを介して地域社会や広域社会を構成していました。古墳時代に入ると弥生時代以来の大規模集落は姿を消し、比較的均質な小さいムラが各地でみられるようになります。首長層は一般的なムラから離れ、「居館」と呼ばれる大きな屋敷に住まうようになったからです。
一般に古墳時代のムラは竪穴住居と掘立柱建物で構成されていますが、政治文化の中心的な地域であった近畿地方でも掘立柱建物の普及は古墳時代中期以降で、中部地方では主に竪穴住居が住居として用いられました。弥生時代には平面円形や楕円形の竪穴住居が主流でしたが、古墳時代になると平面が方形化していきます。2~3棟程度の住居が小さなまとまりをもって建ち並び、小住居群がいくつか集まって一つの小さなムラを形成しました。
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2006年08月25日
埋文展 体験プログラム2
●調査課永井宏幸です。
8月13日〔日)、体験プログラム第2弾、「パレス土器の製作」を開催しました。


まず、粘土を細長い紐にします。紐を輪にしてどんどん積み重ねます。

形ができたら、ベンガラ(酸化第二鉄)を塗ります。

8月19日(土)土器焼きをしました。まずはあぶり焼き。

その後、中央に寄せて木っ端を間に詰めます。

今回は、覆い焼きに挑戦。わらを被せ、その上に泥土を塗ります。

点火。約1時間の焼成。

焼き上がり。ひどく割れることなく、ほっとしました。ちょっと黒くなりすぎたかな。

まずまずの出来に、参加者一同満足。暑い日にも関わらず見学に来ていただきありがとうございました。
-スタッフ一同-
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2006年08月23日
埋文展 弥生のムラ
○調査課 永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の展示から、「ムラとやきものの移り変わり」にあわせて作成しましたイラストを6回シリーズで紹介します。今回は2回目です。

<<弥生時代のムラ>>
平成15年度に行われた一色青海遺跡(稲沢市)の発掘調査成果を基に想定復原しました。
縄文時代のムラは主に台地上などに立地し、ムラの広場を囲んで竪穴住居が数棟建てられ、墓や貯蔵用の土坑も近接して設けられていました。弥生時代になると稲作農耕の開始や海退現象などに伴い、低地に新たな集落がつくられるようになります。集落には環濠で囲んだ「防御集落」(本展:朝日遺跡・阿弥陀寺遺跡)や、川辺に立地する「川辺集落」(本展:一色青海遺跡)などがありますが、いずれも居住域と墓域は区分され、高床式の倉庫と思われる掘立柱建物が建築されるようになりました。一般的な弥生集落は数棟から10棟程度の竪穴住居と数棟の倉庫で構成されますが、近年の発掘調査では直径50cm以上の柱で5m以上の梁間と15m以上の桁行をもつ巨大な掘立柱建物が検出される遺跡もあります。また、集落には弥生時代の全期間にわたって機能するもの、断続的なもの、一定時期のみに営まれたものがあり、水系などを介した地域社会において相互に結びつきをもって存在していたようです。
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2006年08月21日
埋文展 縄文のムラ
○調査課永井宏幸です。
現在、愛知県陶磁資料館で開催中の展示から、「ムラとやきものの移り変わり」にあわせて作成しましたイラストを6回シリーズで紹介します。イラストは春夏秋冬を取り入れて考証しました。

<<縄文時代のムラ>>
平成8年から13年にかけて行われた権現山遺跡(岩倉市)の発掘調査成果を基に想定復原しました。
旧石器時代の愛知県では、駒場遺跡(豊川市)で石器が集中して出土する遺構がみられるほか、石器が散発的に出土する遺跡が分布する程度で、人びとの暮らしの痕跡は明らかではありませんでした。居住用の建物がまとまってみられるようになるのは、縄文時代に入ってからのことです。
縄文時代の成立期には温暖化によって海水面が上り、東海地方では前期前半には大垣付近まで伊勢湾が入り込んでいました。そのため、縄文時代のムラは当時の台地・丘陵部から山間部や海岸部につくられていました。縄文後期には海退が始まり、現在の尾張平野部にもムラがつくられるようになりました。
縄文時代のムラでは、主に地面を掘り込んでつくった竪穴住居が住居として用いられました。ムラの広場を囲んで住居が数棟建ち並び、墓や貯蔵用の土坑が近くに設けられていました。
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2006年08月09日
埋文展 体験プログラム1
○調査課永井宏幸です。
去る7月30日(日)に体験プログラム第1弾、「石器の使い心地」を開催しました。


朝日遺跡から出土した石器をもとに石斧の復元品を作りました。
扁平片刃石斧の使い心地はいかが?

石ノミを使って孔を開けています。なかなかの手つきですね。

両刃の磨製石斧を使って木を切断中。職人さんのようなこの方は?

実は、急きょ東京から駆けつけていただいた、首都大学の山田昌久先生。
山田先生は、木器研究の第一人者。わかりやすい説明に参加者はうなずくばかり。
山田先生、どうもありがとうございました。

もうひとつ、黒曜石を使って、しおりを作ってもらいました。
鹿の皮を切るのは大変でした。

色を塗って、モリゾーとキッコロが完成。こんな細かい細工......。
実は、仕上げにハサミをを使いました。
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2006年08月04日
埋文展 記念講演会
○調査課永井宏幸です。
埋蔵文化財展がオープンして1ヶ月が過ぎました。
去る7月23日(日)に開催しました記念講演会・座談会の様子をご紹介します。


講演会は国立歴史民俗博物館教授広瀬和雄先生をお招きして、「弥生都市とモノ作り」についてお話していただきました。
会場には160名の方が広瀬先生の熱弁に耳を傾けていました。

広瀬先生は、都城制以前に「弥生時代に都市が存在した」と提唱した弥生都市論の第一人者です。
今回も、ご自身が発掘調査を担当された大阪府池上・曽根遺跡などを題材に、弥生都市と認定する条件を細かくご説明されました。
広瀬先生の「定説を疑う」姿勢が考古学の発展に欠かせない、といった発言は印象的でした。

広瀬先生の講演会のあと、埋蔵文化財センターの職員を交えて座談会を行いました。
「朝日遺跡は弥生都市か」などを議論しました。
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2006年06月26日
遺跡の位置ーポイント追加
●情報センターです。
報告書のPDF公開に伴い、遺跡の位置を追加しました。
水入遺跡(豊田市)
城山城跡(豊田市)
NA311号窯(名古屋市)
上品野遺跡(瀬戸市)
凧山C窯跡(瀬戸市)
惣作・鐘場遺跡(瀬戸市)
瓶子窯跡(瀬戸市)
小針遺跡(岡崎市)
桜鐘古窯群(知多市)
奥町F古窯群(半田市)
「遺跡の位置」 は右メニュー『基本データ集』の上から3つ目にあります。
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2006年06月23日
報告書PDF公開
●情報センターです。
昨年度刊行の報告書のPDFをアップしました。
第108集 水入遺跡
第122集 城山城跡
第133集 NA311号窯
第132集 上品野遺跡
第134集 凧山C窯跡 惣作・鐘場遺跡 I
第135集 瓶子窯跡
第136集 小針遺跡
第153集 桜鐘古窯群
第137集 奥町F古窯群
ダウンロードは こちらから
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2006年06月08日
朝日遺跡の木製品
○調査課の樋上です。
現在、04・05年度の調査で出土した、朝日遺跡の木製品の選別作業をおこなっています。弥生後期を中心に、いろいろと面白い木製品がありますが、なかでも特に注目すべき資料をご紹介します。

●写真01

●写真02
写真1・2は、合子の蓋2点です。
右側は円形(下側半分を欠損)で、側面に孔がいくつか開いており、下側に身を受けるための立ち上がりが取りつけられていたと考えられます。
左側は隅丸方形で、やはり身を受けるために2段の刳り込みを施しています。器壁が非常に薄く、丁寧につくられています。

●写真03
写真3は、いずれも容器の脚部です。うち、右側3点には、赤彩をしています。
いちばん右側は低い脚で、上部が欠損、左右は本来の面が残っています。おそらく、今年の埋文展のポスターにもなっている、赤彩した土製合子の脚部の原型がこれです。
右から2番目は、断面が三角形の脚で、容器と一体に作られていたものです。
左側の2点は、いずれも容器本体とは別作りになった、組合せの脚です。側面に段を設けて、容器の底を受け、上半部にある溝にヒモ状のものを巻きつけて固定していたようです。なかでも左から2番目のものは、つくりがきわめて精巧で、私が調べた限りでは、これまで鳥取県の青谷上寺地遺跡(弥生後期)からしか出土していないようです。他の遺跡からの類例をご存知の方はコメントをお願い致します。
おそらく、これら4点の脚のうち、右側3点は他地域(山陰か北陸地方)からの搬入品ではないかと考えています。
以上6点の容器類は、すべて04Ab区のSD02から出土しています。この溝は弥生後期前葉に属し、北居住域の入り口にあたる場所になります。これら容器類の他には、楯(赤彩)や武器形・船の部材などがあり、火をうけて炭化しているものが多数認められます。どうやら、何か特別なおまつりで使用されたのち、燃やして捨てられたようです。
個々の木製品の詳細については、またあらためて資料公開のコーナーにアップしたいとおもいますので、請うご期待下さい。
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2006年06月07日
紀要 第7号と年報のPDF
調査課 情報センター 堀木です。
平成17年度 紀要第7号 収録論文のPDFをサーバーにアップしました。
また「年報 17年度」の調査概要もPDFとしてアップしました。
『紀要 第7号』は、当センター設立20周年を記念した論文集となっています。13本の論文が掲載されています。
論文は、各々個別にダウンロードできます。
ダウンロードサイトよりご利用ください。
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2006年05月19日
平成18年度 埋蔵文化財展
●調査課 永井です。
平成18年度 埋蔵文化財展についてお知らせします。
今年度は。愛知県埋蔵文化財センター創立20周年となります。記念事業として、愛知県陶磁資料館で埋蔵文化財展を行います。
展示にあわせ、記念講演会・座談会や体験プログラム、体験型学習、シンポジウムを計画しています。
ぜひ、ご来場ください。 詳細は こちら です。

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2006年05月15日
遺跡の位置
○調査課 情報センターです。
これまで愛知県埋蔵文化財センターが、発掘調査を行った遺跡の位置をGmap上に落としてみました。
これから先、画像や別ページへのリンクなど、どんどん進化させてゆく予定です。
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2006年02月24日
埋文展 終了報告
○調査課の池本です。
2月19日(日)に平成17年度埋蔵文化財展「畏きものたち」が無事終了しました。
会期中は、多くの皆様に来場いただきました。特に1月15日(日)の水野正好先生(奈良大学元学長)による埋蔵文化財講演会や、2月4日(土)と2月11日(土)の講演会は想定外の多数の参加者数となりました。
展示会場では、「畏きものたち」の世界への導入部分として使用した銅鐸の複製品が、自由に叩くことができて好評でした。恐る恐る叩いて小さな音色を楽しんだ方、勢い良く叩き大きな音にびっくりされた方など様々でした。また、会場でいただいた、たくさんの「生の声」は、今後貴重な財産にもなっていくと思います。
来場いただきました皆様、どうもありがとうございました。

2006年02月20日
姫下遺跡現地説明会の報告
○調査課の鈴木です。
2月11日に姫下遺跡(安城市)の現地説明会を行いました。 先日までの寒さに比べて暖かな陽気に恵まれ、地元住民の皆さんを中心に約310名が参加されました。説明会では参加された方々から、様々な質問をいただき、調査員も大変充実した時を過ごせました。 ありがとうございました。 なお、当日の資料は こちら からダウンロードできます。

2006年02月15日
埋蔵文化財講演会の報告
○調査課の池本です。
2月11日(土曜日)午後2時から、安城市歴史博物館において、「畏きものたち」企画展合同講演会 第2回「安城市域における近年の発掘調査から」を開催しました。先回に引き続き会場が満杯になるほど、たくさんの方々に参加していただきました。ありがとうございました。 なお、埋蔵文化財展は2月19日(日曜日)までの開催です。どうぞお出かけください。
2006年02月13日
埋文展展示資料紹介11 位牌
○調査課の池本です。

今回はテーマ6から「位牌」です。清洲市の清洲城下町(朝日西)遺跡から出土したものです。会場には8点が展示されています。このうち注目したい資料は『三界萬霊有緑内緑』と墨書された資料です。内容から考えると、たぶん『緑』は『縁』の誤字でしょう。『界』もこの形では漢字の書き取りテストでは○がもらえるかどうか。少し親しみが湧いてきます。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
2006年02月10日
埋蔵文化財講演会のおしらせ
○調査課の赤塚です。

2月4日(土曜日)午後2時により、安城市歴史博物館において、「畏きものたち」企画展合同講演会「まじない・うらない・たたり」が開催されました。寒い一日でしたが、会場の2階講座室が満杯になるほど、たくさんの方々に参加していただけました。ありがとうございました。
また、2月11日(土曜日)午後2時より、第2回目の講演会「安城市域における近年の発掘調査から」を開催いたします。どうぞ、ご参加いただきますようお願いします。
2006年02月08日
埋文展展示資料紹介10異形の土面
○調査課の池本です。

今回はテーマ5から「土面」です。
瀬戸市の鶯窯跡から出土したものです。15世紀に属します。手のひらに収まるサイズで、長径67㎜、短径50㎜の小判形の遺物です。写真に見るようにとても個性的な表情です。そして、この資料を何より特徴付けるのは全面につけられた円形の小さな孔でしょう。しかし、残念ながら性格は解明されていません。完全な想像ですが、特徴的な姿は人間よりむしろカミの顔を表現しているのかもしれません。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
2006年02月06日
姫下遺跡(安城市)現地説明会開催
このたび愛知県埋蔵文化財センターでは、安城市姫小川町地内において、鹿乗川河川改良工事に伴う姫下遺跡の発掘調査の現地説明会を行いますので、お知らせします。
日時:平成18年2月11日(土) 午前10時〜午後1時
場所:姫下遺跡発掘調査現場(安城市姫小川町地内)
内容:発掘調査成果の概要説明と主な出土品の展示
2006年02月02日
埋蔵文化財講演会の報告
○調査課の赤塚です。

先日1月15日(日)に、埋蔵文化財展「畏きものたち」にともなう埋蔵文化財講演会が実施されました。
水野正好先生(奈良大学元学長)による講演は、参加者が240名をこえる大変な盛況でした。
埋蔵文化財展では、2月4日(土)と2月11日(土)に、安城市歴史博物館学芸員・安城市埋蔵文化財センター学芸員・当センター職員による講演会を予定しております。こちらの方も、どうご参加ください。
2006年01月31日
埋文展展示資料紹介9 まじないの土器
○調査課の池本です。

今回はテーマ5から「まじないの土器」です。清須市の清洲城下町遺跡から出土したものです。
文字などが記されて、まじないを強くイメージできる土師器の皿を集めました。まず、左上と右下はよく似た墨書が見られます。中央をやや雑な線で四角く区切って、漢字の『水』を内側に並べます。外側の上下は不明ですが、左の星形は五芒星で右は九字です。この資料、今回ポスターにも使用しました。なお、右上は外底部に『仏』と大きく墨書され、左下は内底部に『南無阿弥□』と直接ヘラなどで刻まれています。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
2006年01月27日
埋文展展示資料紹介8 狛犬
○調査課の池本です。

今回はテーマ5から「狛犬」です。清須市の清洲城下町遺跡などから出土したものです。
狛犬は神社の守護獣としてよく知られていますが、古くは宮殿とか寺などにも配置されていました。平安時代頃には獅子に一角の霊獣を加えて一対とすることが多くなったようです。狛犬は石像が一般的ですが、陶器で製作された狛犬も存在します。展示資料は霊獣の持つ神秘性と荒々しさは乏しく、むしろユーモラスな姿となっています。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
2006年01月25日
埋文展展示資料紹介7 泥塔
○調査課の池本です。

今回はテーマ5から「泥塔」です。
清須市の清洲城下町遺跡から出土したものです。
泥塔は型作りの小塔です。通常は多数まとめて製作し、これを供養することで願い事をかなえようするものです。教典には泥塔の供養作法が記されたものもあり、特に密教と関わりが深いとされています。展示資料は上部が残っていませんが、ほぼ全体の形がわかり、塔の中には二体の仏菩薩が表現されています。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
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2006年01月23日
埋文展展示資料紹介6 柿経
○調査課の池本です。

今回はテーマ5から「柿経(こけらきょう)」です。
清須市の清洲城下町遺跡から出土したものです。
柿経は短冊状の木片に書写した写経です。教典は主に法華経が選ばれました。展示資料も法華経の一部です。こうした作業は仏教では良い行い(作善)の一つと考えられたようです。出土状況は、経文順に概ね20枚で一束となっており、書体は同じ束の中では類似し、束ごとには異なったようです。多人数で写経が実施されたことがうかがえます。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
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2006年01月20日
埋文展展示資料紹介5 馬のまじない
○調査課の池本です。
今回はテーマ4から「陶馬」です。
馬は水に関わる祭祀と関連すると言われます。また、祟り神の乗り物として製作され、わざと脚を折り取ることで祟り神の動きを封じるという祭祀もあるようです。
日進市の折戸75号窯出土と伝える陶馬は、非常に写実的で精巧です。太い胴体に短い脚がつき、木曽馬などに見る日本古来の太くがっしりとした馬の姿に表現されています。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
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2006年01月19日
埋文展展示資料紹介4 銭貨
○調査課の池本です。

今回はテーマ4から「銭貨」です。
銭貨を祭祀に使用する例は各地で報告されています。写真は春日井市の松河戸遺跡から出土したものです。松河戸遺跡では、中世の居住域と水田遺構が見つかっています。水田遺構は出土遺物が乏しいのが通常です。しかし、松河戸遺跡では銭貨に限ればむしろ集中して出土しています。水田に関係する祭祀に使用されたのでしょうか。銭貨は約100枚ありますが、種類がわかる10枚はすべて渡来銭で、中でも北宋銭が多いようです。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
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2006年01月16日
埋文展展示資料紹介3 鉢
○調査課の池本です。

今回はテーマ3から「鉢(はつ)」です。
一宮市の大毛池田遺跡と一宮市・葉栗郡木曽川町の大毛沖遺跡から出土したものです。
鉢(はつ)とは仏と僧が使用する食物などを盛る器です。僧は戒律により物欲を断たねばならないのですが、生命維持に関わる私有物は認められています。私有物の最小の組み合わせは、三衣一鉢と言われております。なお、三衣は三種類の僧の衣装で、これには色・素材などに厳密な決まりがあるようです。
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2006年01月12日
埋文展展示資料紹介2 古墳時代のミニチュア土器
○調査課の池本です。

今回はテーマ2から「古墳時代のミニチュア土器」です。
粗雑に作られた小さな土器で、とても実用には不向きで、祭祀に関わる資料群と考えられます。豊田市の本川遺跡から、古墳時代のケヤキ大樹の周囲から、通常サイズの土器といっしょに出土しています。祭祀の終了後に廃棄されたものでしょうか。
注連縄がしめられている大樹は現在各地で知られています。特別な樹木に対する信仰は現代でも継承されているのです。
埋蔵文化財展の詳細はこちら
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2006年01月10日
埋文展展示資料紹介1 人形代(人形)
○調査課の池本です。

今回から 埋蔵文化財展の展示資料のうち代表的なものを紹介します。初回はテーマ2から「人形代(人形)」です。写真は春日井市の勝川遺跡から出土したもので、今回のポスターにも使用しました。
古代では災いや病は穢れが原因とされ、逆にこれをうまく除けば安泰と考えられました。穢れは祓えによって除き、ここでは形代が多用されます。形代には人形・馬形・舟形などがありますが、特に有名なものは人形です。勝川遺跡の人形は表情や衣装などが墨で描かれています。裏面に『柚』の墨書がありますが、その意味は不明です。
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2006年01月06日
埋文展 墓制と周辺2
○調査課の池本です。
埋蔵文化財展 の小テーマ画を紹介します。小テーマ6-3です。
地下式壙を想像したものです。地下式壙について述べた論文に掲載された復元図を基に、死者に対する畏敬の念がなるべく表現できるように仕上げました。死者の頭には、春日井市の松河戸遺跡で見つかっている土葬墓を参考に烏帽子を被せました。

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2006年01月04日
埋文展 開発と祭祀2
○調査課の池本です。
埋蔵文化財展の小テーマ画を紹介します。小テーマ4-6です。
日進市の金萩遺跡は土器生産と関わる集落と理解されています。土器生産には燃料確保のために樹木の伐採が不可欠となります。これには祭祀が先立つものと想像して、その場面をイメージしたものです。窯焚き1回分の伐採範囲を注連縄で囲い、祭壇をもうけてその前面に僧を座らせました。

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2005年12月28日
埋文展 ホトケの世界2
○調査課の池本です。
埋蔵文化財展の小テーマ画を紹介します。今回は小テーマ3-5です。
一宮市の大毛池田遺跡から出土した鉢を持ち、僧が托鉢する姿を想像してみました。托鉢とは、戒律によって物欲を捨てなければならない僧が、主に身体の維持だけのために、日々の食物などを得る修行とされています。

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2005年12月26日
埋文展 神祇信仰2
○調査課の池本です。
今回から補助的に製作した小テーマ画を紹介します。今回は小テーマ2-3です。
豊田市本川遺跡で検出されたケヤキ巨木の前でおこなわれた祭祀の様子を想像しました。場面は夜中とし、巫女がお供えの品が入ったミニチュア品を含む多数の土器の前で幣を振っています。

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2005年12月21日
埋文展 墓制と周辺2
○調査課の池本です。
埋蔵文化財展のテーマ画を紹介します。今回はテーマ6(墓制と周辺)です。
中世集団墓地の姿を想像し、前面に僧が立つ姿を重ね合わせました。ここでは集落とは離れた場所にある中世集団墓地の姿をイメージさせるため、周囲にはわざと森だけを描きました。

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2005年12月19日
埋文展 祭祀の多様化
○調査課の池本です。
埋蔵文化財展のテーマ画を紹介します。今回はテーマ5(祭祀の多様化)です。
豊明市の大脇城遺跡で出土した、武功を願った護摩札に関連した護摩供の場面を想像しました。出土した護摩札には、大御堂寺(現在の野間大坊)と記されています。護摩供はここでおこなわれ、祭壇に立て掛けられている札が出土した護摩札という設定です。

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2005年12月17日
埋文展 いよいよ開催
いよいよ本日より、安城市歴史博物館において平成17年度埋蔵文化財展「畏(かしこ)きものたち」を開催いたします。あわせて平成17年度新出土品展示も実施いたします。期間中、講座やイベント、水野正好先生のご講演も予定しております。ぜひ皆さん、ご参加ください。

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2005年12月16日
埋文展 準備完了
○調査課の池本です。
何度も報告しましたが、17日(土)から埋蔵文化財展がいよいよオープンとなります。すでに準備はほとんど完了しています。 今回は会場入り口をご案内します。以前紹介したイメージキャラクターが、会場入り口に大伸ばしのパネルで登場します。写真には安城市歴史博物館の人たちも入っていただきましたので、パネルの大きさと比較できます。

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2005年12月15日
埋文展 ディスプレイ開始
○調査課の池本です。
いよいよ17日(土)から、埋蔵文化財展がオープンとなります。13日(月)は朝からディスプレイが開始です。まず、資料の梱包を慎重に解いて状況をチェックした後、展示ケースに仮置きをします。そして、来訪者の視線を想像しながら検討を繰り返し、資料の特性をなるべく引き出せるように配置します。 あとはキャプションを配置し、微調整が済めば完了です。会場でお会いできれば幸いです。関係者一同、ご来場をお待ちしております。

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2005年12月12日
埋文展 資料の運搬
○調査課の池本です。
いよいよ17日(土)から、埋蔵文化財展がオープンとなります。12日(月)は朝から愛知県埋蔵文化財調査センターで、展示資料の搬出が行われました。資料はコンテナーに慎重に梱包されています。資料はいずれも貴重な文化財ですので、搬送は美術品輸送の専用車(通称、美専車)を使用します。写真に写っているのが美専車です。ドライバーが荷崩れをおこさないように、慎重に資料の固定作業を行っています。
美専車はこのまま安城市歴史博物館に移動し、資料は博物館の展示室に仮置きされます。
いよいよ明日から資料のディスプレイを開始します。

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2005年12月09日
埋文展 開発と祭祀
○調査課の池本です。
埋蔵文化財展のテーマ画を紹介します。今回はテーマ4(開発と祭祀)です。
安城市の上橋下遺跡で検出された祭祀遺構の姿を想像しました。祭祀遺構は、川辺にあります。南側に同時代の水田が確認されていること、川の中に堤状の構築物が築かれていることから、水田の導水施設で行われる祭祀を想像しました。

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2005年12月07日
埋文展 ホトケの世界
○調査課の池本です。
埋蔵文化財展のテーマ画を紹介します。今回はテーマ3(ホトケの世界)です。
建造された直後の古代寺院を想像してみました。寺は原生林を伐採して建造されたものと想像し、背後に手つかずの原生林が拡がる様子と対比させました。

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2005年12月05日
埋文展 神祇信仰
○調査課の池本です。
埋蔵文化財展のテーマ画を紹介します。今回はテーマ2(神祇信仰)です。
春日井市の勝川遺跡と名古屋市の志賀公園遺跡などでおこなわれた祓の風景です。古代の人々は、災いや病の原因を穢れと考えました。また、穢れは人形に移すことができるとも考えられていました。画面は人体から移しとった人形を神官が川に流すところです。

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2005年12月02日
埋文展 弥生時代のカミ
○調査課の池本です。
今回から埋蔵文化財展の各テーマ画を紹介します。
テーマ1は弥生時代のカミが登場する場面です。このテーマ画、ご存知の方もいると思います。実は平成15年度の埋蔵文化財展で使用されたテーマ画を再登場させました。今回の展示は古代~中世の祭祀をテーマとしますが、今回はその導入部分に使用します。
背後左側には、つり下げられた銅鐸があります。ここでお知らせを1つ、テーマ1では朝日遺跡出土資料の復元品も展示する予定です。この銅鐸、触れてみることはもちろん、会場入場者は誰でも実際に鳴らすこともできます。復元品とは言っても、形は細部まで精巧ですし、材料の青銅も当時とほぼ同じ比率に調合してあります。つまり、会場では弥生時代の音色を直接自分の手で再現できるわけです。

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2005年11月30日
埋文展 図録編集2
○調査課の池本です。
開催直前の埋蔵文化財展のご案内を致します。
先日、2回目の図録編集会議が、安城市歴史博物館の館長室で開催されました。図録の準備は山場を迎えています。写真は編集会議の様子です。意見交換が繰り返されています。
展示の内容も、まとまりつつあります。今回は6つのテーマを設定する予定です。各テーマにはそれぞれの内容に沿ったイメージ画がパネルで登場します。なお、同じものは図録にも掲載することになっています。
テーマ画は現在全て完成直前までに仕上がっています。次回からここで各テーマ画をテーマ1から順に紹介します。

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2005年11月21日
埋蔵文化財展 図録作成
○調査課の池本です。
現在、来月に開始する埋蔵文化展の準備が着々と進められています。 先週は埋蔵文化財センターの2階にある会議室で、図録の編集会議がありました。すでに紹介したように、今年度は安城市歴史博物館で、合同企画という形での開催となりますので、会議にはセンター職員だけでなく、安城市歴史博物館の学芸員も出席しています。

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2005年11月14日
埋蔵文化財展 チラシ
○調査課の池本です。
先回に続き、埋蔵文化展のご案内を致します。 今回は原案が固まったポスター・チラシの紹介です。 黒を基調としたデザインで、赤でこれを強調しています。 畏きモノたちは見ることができず、存在を感じるのみと考えられていました。存在を示すとさせる自然現象には光・音・風などが代表的ですが、このうち紙面で表現できるのはは光だけです。
光は闇の対極です。このため背景には漆黒の闇を表現するために黒を使用しました。同時に人間界の外側も象徴させています。
左上から右下に伸びる光芒は『阿弥陀来迎図』をイメージしたものです。さらに今回の展示資料のうち代表的な資料2点、勝川遺跡出土の人形木製品と清洲城下町遺跡出土の五芒星と九字の墨書を持つ土師器皿を配置しました。

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2005年10月24日
鴛鴨の王墓
○調査課の赤塚です。
愛知県陶磁資料館の「愛知県埋蔵文化財センタ−展示コーナー」
名古屋城三の丸遺跡展に引き続いて、平成17年10月25日(火曜日)から平成18年7月まで「鴛鴨(おしかも)の王墓」展を行います。展示品は、豊田市の川原遺跡で、平成9年から10年にかけて、第2東名高速道路豊田ジャンクションに伴う発掘調査によって発見されました。弥生時代の墳丘墓を中心としたもので、全国的にも大変興味深い資料です。ぜひ、ご見学ください。

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2005年10月17日
新出土品展
○調査課の赤塚です。
今年度の埋蔵文化財展に合わせて、恒例になりました「新出土品展」を安城市歴史博物館で開催いたします。平成16年度に調査した遺跡を中心に、その速報展を予定しています。
さらに、今年度報告書の刊行に合わせて、2つの注目すべき遺跡を展示する予定です。
一つは瀬戸市の鴬窯跡で、室町時代の瀬戸窯を代表する資料です。その美しい灰釉の味わいをご堪能ください。
今一つは、豊田市の水入遺跡で、古墳時代中期の川港と想定できる貴重な資料です。矢作川と伴に暮す、人々の生活風景をイメージできれば最高です。

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2005年10月14日
埋蔵文化財展キャラクター
○調査課の池本です。
先回に続き、埋蔵文化展のご案内です。
今回はメインキャラクターの紹介です。
本年度も展示にはメインキャラクターが登場します。碧海郡の国津神(くにつかみ)が、「問わず語り」するという手法をとりました。もちろん実際に信仰されている神ではなく、担当者が想像したものです。
キャラクターは『常陸国風土記』行方郡条に登場する『夜刀神(やつのかみ)』を参考にしました。夜刀神は湿原にすむ角を持つ蛇と説明されています。姿はマムシをベースとしました。また『常陸国風土記』では夜刀神が集団で登場していることから、統率する別のカミも想像して、これを老人の姿で表現してみました。
『常陸国風土記』行方郡条は古代の開発伝承ともいえる記述です。こうした伝承は、書物に編纂される段階でかなり脚色されているとする意見もあります。なお、角を持つ蛇は中国の書物にも登場しているようですが、今回はこうした問題を考慮してはいません。

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2005年10月13日
埋蔵文化財展まであと2ヶ月
●調査課の池本です。
現在準備が進められている今年度の埋蔵文化展のご案内をいたします。

今年度は安城市歴史博物館で合同企画という形での開催となります。期間は12月17日〜2月19日です。
すでにお知らせしているように、今回の展示は、「畏(かしこ)きものたち」という題目で、信仰に関連した考古資料を中心に集めた展示となります。信仰心とか宗教心ではなく、宗教観とか信仰観について扱うもので、人間が自らを超越する存在にどのような形で接してきたのか、という点をテーマとしています。
今日、人間は万物の霊長を自負し、自らの領域を地球の外にまで拡大する勢いです。しかし、生活域の外側に闇が広がっていた時代には、人間は闇の中に自らを超越する様々な存在を想像し、「畏きものたち」として畏怖してきました。そしてそれらが人間に益を与え、害を及ぼさないように、いわばコントロールする方法を様々に画策しました。「祈り」とか「まじない」です。
現在、担当者全員で知恵を絞り、解りやすい展示を目指して試行錯誤中です。ご期待下さい。
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2005年09月07日
埋蔵文化財展 予報1
●調査課の赤塚です。
今年度の埋蔵文化財展は12月より安城市歴史博物館にて開催予定です。
テーマは「畏(かしこ)きものたち」
江戸時代の国学者である本居宣長は、著書『古事記伝』の中で「可畏(かしこ)きもの」をカミと定義してます。
発掘調査から発見された、様々な「畏敬の情」を考えることができる資料を展示してみたいと考えています。
はたしてどのような展示になるのでしょうか。
ただいまポスター思案中です。
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2005年09月05日
愛知県陶磁資料館内 愛知県埋蔵文化財センター展示

「ぃやー、やーっと涼しなったが。どーしとった?」
「ほんと、あっついとえーれーなぁ。」
「ま、桃でも食べやー。」
愛知県陶磁資料館2Fで会いました。 ほかにも...
馬の群れがいて、胸を張った狛犬やシロクマ?
池には水鳥やカエルや金魚や亀、それからウナギ!
身近な生き物たちが、実に表情豊かに表現されています。
江戸時代の土人形たちです。
近ごろの食玩なんかに負けてませんよ。
「名古屋城三の丸遺跡 御屋形の陶磁器と土の動物意匠」
ただいま展示中です 10月23日(日)まで
調査課 武部でした。
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2005年08月29日
名称変更について
このたび、愛知県(新)行政改革大綱の提言を受けまして、財団法人愛知県教育サービスセンターと財団法人愛知県スポーツ振興事業団が統合することになりました。
つきましては、当財団の名称が下記のとおり変更となります。宜しくお願い申し上げます。
(新名称)
財団法人愛知県教育・スポーツ振興財団
愛知県埋蔵文化財センタ-
(変更時期)
平成17年9月1日(木曜日)
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2005年08月26日
平成17年度埋蔵文化財展
●調査課の赤塚です。
本年度の展示会はどうしたのですか?。という皆様からのお問い合わせをいただきましてありがとうございます。毎年実施しております埋蔵文化財展ですが、本年度は安城市歴史博物館で開催する予定になっております。昨年度までは夏休み期間中に実施しておりましたが、今年度は12月から翌年の2月頃までを予定しております。期間が近づきましたら、あたらめて詳細をご報告申し上げたいと思っております。本年度の埋蔵文化財展および埋蔵文化財講演会にご期待下さい。
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2005年08月22日
遺跡アルバムの追加
●調査課 情報センターです。
久しぶりに遺跡アルバムを追加しました。
古墳時代 :西川原古墳(幡豆町) 25コマ
戦国時代 :東端城跡(安城市) 50コマ
もちろん各々の写真に簡単な解説がついています。ぜひ一度ご覧ください。
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2005年08月19日
調査成果の公表
● 調査課の赤塚です
愛知県埋蔵文化財センタ−では、発掘調査に基づいた調査研究成果を、『研究紀要』にまとめて公開しております。そしてその全てを、いつでも必要な時にダウンロードできるようになっております。すでに多方面の研究において引用賜っております。
一論考単位でPDF化しており、かつベクターデータが多く掲載されておりますので、図版としてはほぼ無制限に拡大しても、一定の水準に達したものとなっております。
ぜひご活用いただければと思います。
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2005年08月17日
報告書ダウンロードについて
●情報センターの赤塚です
発掘調査報告書のダウンロードについて
ご活用いただいております報告書ダウンロードPDFですが、さらに活用しやすいカタチを模索しております。例えば現状ではある程度まとまりある頁をまとめてPDF化している関係から、大変大きなデーターになっています。
みなさまからのご要望は「今欲しい部分だけをPDF化してダウンロードできないか」だと思います。少し難しいですが努力してみたいと思います。とりあえずは章ないし節単位でPDF化する方向から検討しています。
ご意見ご要望をお待ちしてます。
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2005年08月15日
ライセンスの確認
●調査課の赤塚です。
ライセンスについての確認です。
報告書PDFダウンロード版については、以下の基本的な条件をご理解いただいて積極的にご活用いただければと思っております。
1、報告書PDFの使用にあたっては、編集・発行が愛知県埋蔵文化財センタ−によるものである点を明確にしてください。
2、報告書PDFを営利目的で利用はできません。
以上の条件下で、主に研究活動や学問的な発展、遺跡の保存・活用等に使用していただければ幸いです。
なお、その他の目的でご使用の場合は、別途情報センターまでお問い合わせください。
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2005年08月08日
報告書ダウンロード
調査課の赤塚です。
愛知県埋蔵文化財センタ−では、刊行されました、ほぼ全ての印刷物をホームページ上からダウンロードできる仕組みを整えてきました。まだ完全ではありませんが、その目標に添って進めております。現在では2001年以降の報告書と研究紀要、平成11年度以降の年報がダウンロード可能です。
>報告書ダウンロードへ
なお、報告書は、全てのPDF化が終了しており、2000年以前の報告書につきましてはCD-ROM送付を実施しております。皆様から励ましのお手紙をいただいております。そして、現在までに100通前後の活用依頼をうけたまわりました。
ありがとうございました。
>CD-ROM活用依頼へ
報告書作成のデジタル化をさらに進め、資料公開への対応を敏速化しきたいと考えております。
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2005年07月25日
報告書概要 第119集 金萩遺跡
調査課 情報センターです。
報告書の概要コンテンツの公開です。今回は「第119集 金萩遺跡』です。
日進市北新地字金萩に所在する奈良・平安時代の集落遺跡です。土器の製作に深く関わる遺跡と考えられています。
ぜひ一度、ご覧ください。
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2005年07月19日
資料公開007 朝日遺跡-合子形土製品-
情報センターです。
基本データ集の資料公開コンテンツに新データを追加しました。
今回は、朝日遺跡出土の合子形土製品です。ベンガラを塗布された美しい土器をご覧ください。
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2005年07月14日
報告書概要 第120集 上中・西屋敷遺跡
調査課 情報センターです。
先回に引き続き、報告書の概要コンテンツの公開です。今回は「第120集 上中・西屋敷遺跡』です。
上中・西屋敷遺跡は稲沢市北島町に位置しています。今回の調査では、古墳時代および古代の竪穴住居、16世紀初頭の「青宮寺」や江戸時代の初頭の「八神街道」に関連した遺構が確認されました。
ぜひ一度、ご覧ください。
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2005年07月12日
報告書概要 第121集 志賀公園遺跡II
調査課 情報センターです。
今回は,『発掘調査報告書 第121集 志賀公園遺跡 II』です。名古屋市北区中丸町に位置しています。今回の調査では、古墳時代の水田や、古代の大溝と居住域などが確認されました。
報告書のPDFをダウンロードする前の内容確認に、ぜひご利用ください。
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