名古屋城三の丸遺跡は、愛知県名古屋市中区三の丸地内に位置する。 名古屋地方裁判所執行部・簡易裁判所交通部合同庁舎の建設が行われることとなり、平成13年5月より、発掘調査を実施した。調査面積は、1000平方メートルである。 |
![]() 調査区遠景(南より) |
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名古屋城とその城下町は、慶長十四年以降順次築かれてゆく。外堀の内側(三の丸地区)には、役割を重んじられた家臣が、ブロックごとに区画整理された役宅を割り当てられる。外堀の外側には城下町が碁盤の目状に割り当てられ、武家屋敷、寺社、町屋などが入る。 南御土居筋に北面する東西4区画分の屋敷地のうち、中央2区画が調査地点にあたる。便宜上、この2区画を屋敷地1・2と呼称する。 名古屋市博物館所蔵の『坪間路顕帖』では、宝暦3年(1753)における各屋敷の規模が記載されている。これによれば、屋敷地1は間口二十九間半×奥行四十三間半(1283坪)、屋敷地2は間口三十間四尺五寸×奥行四十五間三尺五寸(1402坪)である。各屋敷の明治維新直前における居住者は、屋敷地1=成瀬吉太正平、屋敷地2=滝川鍋松忠貫である。 |
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