付編
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ハンマーと石材の関係について
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- ハードハンマーとソフトハンマー
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石器を作るハンマーというと、石のハンマーがハードハンマー、鹿角や木のハンマーがソフトハンマーという分類が一般的だと思います。また、石のハンマーでも砂岩のような軟らかい石材はソフトハンマーに分類する研究者もいます(たとえばニューカマー氏や大沼先生はそのあたりのことをテーマに実験をされています)。日本での剥離実験は、これらのハンマーを用いて剥がした剥片はどんな形をしているのかを集成し、それをブラインドテストなどで確かめる実験が主流のようです。
しかしながら、ハードとソフトというカテゴリーにはどんな意味があるのかとか、ハンマーの違いが剥片形成にどんなかたちで関わっているかなど、根本的なメカニズムの理解という点では疑問が出てきます。
ハードとソフト、これら二つを決める要因は何なのか、また、剥離技術観察でのハンマーの種類の見分け方や、石器製作技術内での体系付けについて、簡単に述べてみようと思います。
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- まずは石を割ってみました
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用意したもの
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(写真左から)
サヌカイト(二上山産)
黒曜石(和田峠産)
乾燥鹿角
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これらの石材を、鹿角の直接打撃で割ってみました。
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上のサヌカイトから剥離した別の剥片です。
打面を見ると、打点の生じない曲げ型で剥離が生じています。打面と作業面のなす角が小さいことや、ハンマーの振り下ろした角度が打面に対してやや外向きだったことなど、曲げ型の剥片が生じる条件が揃っていたこともありますが、一連の剥離実験ではこのような前掲の剥片か、左図のような剥片ばかりが得られました。
ハードハンマーの場合では、前述の条件下でも、コーンが明瞭でバルブが発達する剥片は高い頻度で生じます。
今回の実験ではそのような剥片は得られず、ソフトハンマーの特徴を示すものばかりが得られました。
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- 鹿角はソフトハンマー?ハードハンマー?
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見てきましたように、同じ鹿角を使っての剥離作業でも、石材によって剥離面の特徴が全く変わってしまうことが理解していただけたと思います。
つまり、従来のようなハンマーの材質によるハード・ソフトの分類と、実際の剥離作業で得られる結果とが大きく異なっているのです。このことは、今までの石器研究が、剥離技術を決定する非常に重要な属性である剥離具や剥離方法の情報を見誤ってきたことを意味しているのです。
それにもまして、同じ材質のハンマーがハードハンマーだったりソフトハンマーだったりするということで、混乱される方も多いと思います。けれども、この「ハードとソフトどちらにも変わるハンマー」の仕組みを理解してしまうと、石器と剥離技術の理解がものすごく深まるのです。
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- ハンマーの違い 〜すべては石材との力関係〜
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図は誇張した表現です
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ハードハンマー(左)とソフトハンマー(右)
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石核とハンマー、どちらがより大きく変形するかで、ハードかソフトかが決まります。
ハードハンマー(左)は石核内に大きな圧縮力(赤矢印)で石核を変形させますが、ソフトハンマー(右)は圧縮力を自身が変形する力に使ってしまいます。
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上の模式図のように、ハンマーを石核に打ち下ろした時、どちらがより大きく変形するかで、ハンマーの性質が決まります。
ハードハンマーは打ち割ろうとする石材よりも変形する度合いが小さいので、石材により大きな圧縮力を与えることができます。ハンマーが変形しにくいので、打ち下ろす力が大きければ大きいほど、石核内部により大きな圧縮力を与えることができます。この結果、有名なヘルツ型円錐亀裂や両極剥離が生じます。したがって、このハンマーで剥がされた剥片には、打点直下にコーンがあり、バルブもよく発達したものが多く見られます。
一方、ソフトハンマーは、打ち割ろうとする石材よりも変形する度合いが大きく、十分な圧縮力を石材内部に生じさせることができません。仮により大きな力を加えてみても、ある値を越えると、ほとんどがハンマー自身を変形させるエネルギーに使われてしまい、石核にはなかなか力が伝わっていきません。また、ハンマーが変形すると、石核と接触する部分の面積が大きくなるので、圧力が分散されてしまう効果も加わって、圧縮する力はある値以上は上げられません。よって、このタイプのハンマーの場合、垂直に打ち下ろしても石核に大きな圧縮力を生み出すことができずたいした効果が期待できないので、石核表面に生じる別の力を利用する方法が採られます。
それは石核表面に生じる引っ張りの力(上図の青矢印)です。この力(力学の用語で引張応力と呼びます)は圧縮する力(圧縮応力)と対になって生じますが、打ち下ろすハンマーの角度を垂直からほんの少し傾けたり、打面を加工してハンマーを滑りにくくすることで、非常に大きな力を得ることができます。この仕組みをうまく利用した例として、打面に小さな剥離を入れたり、擦っている細石刃核などがあげられます。
(注)ハンマーと石核の硬さ関係は相対的なもので、両者はだいたい同程度の硬さのものが選ばれています。したがって、ハードとソフトの分かれ目はわずかな硬さの差で、この差が前述の鹿角のような、石材によってハードになったりソフトになったりする現象を起こすのです。あたり前のことですが、片方が極端に硬かったり軟らかかったりすると、剥離作業が成立しません。
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- ハードとソフトの分かれ目
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とても専門的な話になりますが、物質の性質を表す数値の中に、動弾性係数(ヤング率)と縦弾性比(ポアソン比)があります。これらの値は物質の弾力性、つまり変形しやすさを表しています。これらの弾性定数が物質の弾力性を決めているのですが、実は、これらに加えて重要な条件があるのです。
皆さんもよくご存じの楔形石器は両極打撃で剥がされています。両極打撃は圧縮力を極限まで必要とする剥離方法なのですが、両極剥離は木や骨でも生じます。つまり、ハンマーと石核の接触する部分の形状が重要な鍵を握っているのです。
弾性学や工学関係の入門書を開いてみると、初歩として固体接触の公式が載っています。この式は、接触した弾性体同士がどのくらい変形するかを、接触した面積の広さを求めることで示しています。この式で重要なのは、先に述べました弾性定数と双方の曲率半径(接触した部分のR)です。触れ合った部分のRが小さい(尖っている)と、当然ながら接触面積はさほど大きくならないので、圧縮する力は大きくなります。この式を石器製作に当てはめてみますと、弾性定数はハンマーと石核の物性を示し、曲率半径はハンマーと石核が触れ合った部分の半径を示します。ここで、ハンマー側の曲率はハンマーの形状を示します。石核側の曲率半径は無限大にとりますと平面になりますので、イメージがわきやすいと思います。そして衝突する力をハンマーを振り下ろす力としますと、具体的な答えを得ることができます。考古資料では石器を製作したハンマーを探し出すのは非常に困難ですが、石器に用いられた石材の幾種類かは、はおおまかな物性を知ることができます。それに、観察される打点の径は限られていますので、代入できる値の範囲も限られてきます。その値の範囲の中で打撃エネルギーとハンマーの変形率の関係を求めることで、ハードハンマーとソフトハンマーを理論的に分離することが可能かもしれません。
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- ハードとソフトの性格を区別することの重要性
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むずかしい話はここまでにして、最後に、遺跡に残された石器の工具を特定する作業の意味について軽くふれたいと思います。
遺跡1の石器のハンマーの種類
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ハード
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ソフト
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黒曜石
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多
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少
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チャート
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少
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多
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遺跡2の石器のハンマーの種類
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ハード
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ソフト
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黒曜石
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多
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少
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チャート
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多
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少
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遺跡1では、黒曜石にハードハンマーが多く、チャートはソフトハンマーが多いという傾向がみられ、遺跡2では黒曜石チャートともハードハンマーが多いという傾向がみられたとします。単純にハンマーの種類を考えると、遺跡2ではほとんど一種類のハンマーが使われ、遺跡1では、石材によって異なったハンマーが使い分けられていたような印象を受けます。
けれども、石材とハンマーの関係を考慮すると、遺跡1では同じハンマーが石材の別なく用いられ、遺跡2では石材によってハンマーが使い分けられていた可能性が考えられるのです。
そして、これらを確かめるために、石材や器種ごとの剥離技術を検証します。その結果、ハンマーと石材が強く結びついていたり、異なる文化の石器やその模倣品を見いだすことが非常に高い確率で可能になってきます。
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例:石鏃の製作技法とハンマー
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左は中央に稜を作る断面を持つ黒曜石製石鏃(ハードハンマー)で、右は稜を持たない断面を作るチャート製石鏃(ソフトハンマー)。
黒曜石のハードハンマーは、チャートに対してはソフトハンマーとしてふるまう可能性が高いのですが、左図のように石材ごとに製作技法が全く異なっている場合、ハンマーはそれぞれの石材と製作技法ごとに用意されていたと考えることができます。
このような石鏃例は縄文前期の長野佐久地方で見ることができます。
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